106.この世界は略奪されていた
ヴラゴは洞窟内の蝙蝠を置いて、外へ出ると言い出した。聞かせたくない話があるのなら結界を張ればいいのに。眉を寄せてそう告げたオレに、首を横に振る。
「話をした場に立ち会った、それだけで殺される可能性があるぞ。聞こえていなくてもだ」
禍根を絶つその意味で、確かに現場にいた全員を殺す考え方は理解できる。だが通常は躊躇うだろう。何故なら異常な思考に分類されるからだ。明らかに過剰防衛だった。
エイシェットは袖を摘んで首を傾げ、オレの判断を待っている。ヴラゴがここまで用心するなら、あれこれ指図する気はない。彼の大切なものは一族の存続だった。そこを脅かされるとしたら、彼は口を噤んでしまう。オレにとって利はなかった。
「どこへ?」
「先日の洞窟だ」
突然放り込まれた洞窟を思い出す。エイシェットは覚えていると表情を和らげた。移動するために洞窟を出て、感謝感激の蝙蝠達に見送られる。なんだか擽ったい気がした。
エイシェットの背で見る景色は美しく、黒い霧がかかっていない森は「黒い森」の名に似合わぬ輝きを放つ。どこまでも透き通るような空気と葉を揺らす木々、小鳥や地を駆ける獣の姿もあった。のどかな風景に見える。
喉を鳴らしたエイシェットが急降下を始めた。洞窟がある切り立った崖に向かい、僅かに口を開けた黒い穴に突入する。人間の目から見たら、黒い点にしか見えないが、ドラゴンは暗闇の中が確認できるようだ。翼や体をぶつけることなく、狭い空間へ器用に降り立った。
後ろからヴラゴが舞い降りる。昼間は疲れると文句を言ってるが、お前、エイシェットの翼を風除けに利用しただろ。そんなに疲れたわけがあるか。
明らかに魔王城の結界から離れる目的だろう。一度奥まで確認したヴラゴは、洞窟の中程にぶら下がった。蝙蝠姿で話をするのかと思えば、さすがに人化してくれる。
「半分は魔王イヴリースから聞いた話で、残りは私の推測だ」
確定した話ではないと前置きした上で、ヴラゴはゆっくりと離し始めた。それは神話のようで、どこか漠然とした過去か未来の話だ。
かつて世界は女神のものだった。創造主を食らって権能を奪った女神は、この世界で様々な実験を始める。新しい生物を作り出して戦わせたり、無意味に殺して新しく作り出したりした。その非道さに堪え兼ねた者の祈りが、創造主の欠片に届いた。
女神は権能など重要な部分を奪った後、創造主の骨や内臓などをそのまま放棄した。それは世界の中で新たな者を生み出す。創造主の欠片として機能していたのだ。祈り縋る己の子らを守ろうと、欠片は集ってひとつの形をなした。それが初代魔王だ。
一気に語ったヴラゴの瞳を見つめたまま、オレは音楽のように流れ込んだ情報を頭の中で整理した。女神はこの世界の神ではなく、初代魔王こそが創造主の一部? ならば、その女神はどこにいるんだ。魔王は殺され……異世界人が必要とされた理由が見えた気がした。
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