65. 奴隷解放は勇者の証だ

 ヴラゴに提案した通り、ドーレクの住民を王都に集結させた。といっても、この小国の人口は壊滅させた城塞都市ラウガと大差ない。小さな村や町の住人が逃げ込んだ。災害への備えも十分ではない国にドラゴンが飛来すれば、さぞ恐ろしかっただろう。


 ドーレクがエルフの御子を手に入れたのは、偶然だった。自然に近い御子は、他者への恐怖心や警戒が薄い。同族のエルフからは大切にされたし、魔王の命令で他の魔族も手出ししなかった。だから人間が恐ろしい存在だと聞いていても、理解しなかったのだ。出会った少女と仲良くなり、手を引かれて森を出てしまった。


 黒い森の養い子と言われるほど森と親和性の高い御子は、外へ出れば無力な子どもだ。特徴ある耳のせいでエルフとバレて拘束された。取り返そうとしたエルフが、御子を盾にすると手が出せなくなる。向こうからやって来る丈夫で長生きなエルフを捕らえた人間は、彼らを奴隷として使役することを思いついた。


 体に焼き印を押し、魔術師が魔力を封じる。御子を害すると言われ、手足を切られて泣く子どもを見たら、エルフは叛逆できなかった。そんな状況を打破しようとした魔王をオレが討ってしまったことで、状況は最悪の方向へ向かっている。償いはオレの義務だった。


 王都と呼ばれていても、実際に他の都は存在しない。ドーレクの都にすべての奴隷は集められている。ならば、都を落とせば、エルフの解放は可能だった。彼らを傷つけないよう、魔物による都の蹂躙は行わない。


「準備完了だ。後は夜の支配者が降臨するのを待つばかり」


 ぐあぁ、同意するエイシェットの背中から見下ろした街は、すべて青い屋根だった。白い壁と青い屋根が名物で、街自体が保養地として外貨を稼ぐ。いつ、どの国に占領されてもおかしくない国だった。勇者として訪れたとき、奴隷の存在は知らなかったが。


「奴隷解放ってのは、どの物語でも勇者の証だ」


 助けた元奴隷が仲間になるなんて設定、飽きるほど見てきた。別に仲間になれとは言わないが、魔族が増えるのは歓迎だ。エイシェットに向けて飛んでくる矢を叩き落とし、彼女は軽く王城の屋根を炙った。他国のように立派な塔や城ではなく、一番大きな屋敷程度の権威を吹き飛ばすのは簡単だ。


「頑張り過ぎると、ヴラゴのおっさんに怒られちゃうぞ」


 エイシェットにやり過ぎ注意を言い渡し、東の山の裾野に暮れていく夕日を見送った。これから暗くなり、星空が広がる頃……人間への復讐が始まる。魔狼率いるフェンリルが、逃亡者を防ぐために駆けつけた。ぐるりとドーレク国への包囲網を敷く。夜目の利く夜行性の狼達の目を掻い潜れる人間はいない。


 狩場の準備は整った。


「あとは任せるぜ、ヴラゴのおっさん」


「ヴラゴ様と呼べ」


 滑空してきた巨大な蝙蝠に頭を叩かれ、後ろから来た吸血種の蝙蝠の群れに取り込まれた。足元の街を見下ろし、蝙蝠達は音にならない音で作戦を確認し合うと……分散して消えていく。作戦決行は月が昇り切る夜中――ここからは高みの見物と洒落込もうか。

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