42.籠城してもらうんだよ

 こっそり小麦をいただいた村は、魔族の黒い森からアーベルライン王都まで真っすぐに続いている。全部で5つの村や町から奪った麦は、魔王城の塔に納められた。今年の冬ごもりは楽が出来そうだ。秋になると食材集めに走らされたが、半分で済むだろう。


「焼き払う?」


 夜明け前の暗い茂みで、エイシェットは首をかしげる。炎をよく使うが、エイシェットが最も得意とする魔法は風だった。この世界のドラゴンは、己の属性に関係なく炎を使える。風で煽ったり燃え広がる方向を調整できるのが、エイシェットの強みだった。


「ラミアとエルフは引き上げていいぞ。ここから先はオレ達だけでいく」


 信頼や相性もあるが、戦闘能力の問題だ。単独で人間の村を破壊し尽くす能力を考えれば、フェンリルとドラゴン以外は返すべきだろう。王都に攻撃を仕掛ければ、魔術師達が飛び出してくる。彼らを黙らせる魔法を使えるオレがいても、戦闘能力が低い魔族を庇いながらは厳しかった。


「わかってるわ。行く気なんてないもの」


 エルフは笑いながら、ひらひらと手を振る。魔法の扱いに長けている彼女だが、使える属性が木々や大地への働きかけ中心だった。平和な時は農耕や開拓に力を発揮する。ラミアも同様で、潜入や情報収集は得意だが戦うとなれば、特筆する武器がなかった。発見され襲われたら防御が難しいのだ。


「今回はどうやって戦う?」


 カインが喉を鳴らす。


「まずエイシェットと、空から王都に仕掛ける」


「籠城されるぞ」


 塀で囲まれた王都は他の村や町を切り捨てて、自分達の保身を図る。そこが狙い目だった。


「籠城してもらうのさ。長期戦で行くから、その辺も任せてくれ」


 地図を取り出して現在地と、今後の展開を踏まえた話をさらりと説明した。唸る双子のフェンリルは、正面から戦わないことに不満があるらしい。しかしエルフは感心した様子で頷いた。


「いいわね、被害が出ないのが一番だわ」


 魔族側の被害を極力減らすための作戦だった。しかもうまくいけば、戦わずに王都を陥落させることが可能だ。人として倫理的にどうかと問われたら、最低の作戦だった。歴史小説を参考にした兵糧攻めをアレンジした形になる。


「巨人がいる場所まで転移させるから、魔王城に報告を頼むな」


 避難という言葉は使わない。今回の成果とオレ達の作戦の報告役を頼んだ。にっこり笑った彼女らが手を振り、オレは巨人の魔力を目印とした転移を施す。結局、いつものメンバーが残った。


「本当にやるのか」


 頷くオレに、カインとアベルはそれ以上何も言わなかった。

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