18.話より食事を優先させてくれ

 疲れすぎると夕食も入らなくなる。だが魔族は朝食抜きが基本なので、食べないと大事件なのだ。体を動かした翌日に、お昼まで食事を我慢できるか? 健康的な成人男子と考えれば、あり得ない。無理やりにでも口に押し込むしかなかった。


 こっそり机の下で収納へパンを放り込む。バレないよう適度に口にも入れた。机の下でアベルとカインが手伝ってくれるのが心強い。


「狼煙は上げてきたのね?」


「ああ、前線基地のあの村は滅ぼした。建物も含めて、魔石の受け取りに来た連中も燃やしてやったが……貴族の坊ちゃんだけ生かした」


「理由を聞きたいわ」


 パンにスープを染みこませて食べるオレはマナー違反だが、向かいで優雅にカトラリーを操るリリィは完璧だった。隙がなく強くて完璧、美人……もうケチのつけようがない。だが、天は二物を与えず。見事に性格が破綻していた。


 まあオレも人のことは言えないが。この魔王城に住む連中は、グループごとに生活している。同族同士で集まって、自分達の文化や食生活を守っていると言い換えると理解しやすいかな。民族ごとに勝手に自分達のやりたいように暮らしているため、食事の場でオレが顔を合わせるのはリリィと愉快な仲間達だけ。


 双子の黒狼アベルとカインは、すっかり青年に育った。普段は巨大な狼の姿で活動しており、人型になるのは両手を使う細かい作業の時ぐらいだ。イヴは侍女姿だが食事は一緒に済ませる。この辺は人間の貴族社会より緩くて融通が利いていた。


 考え方にもよるが、イヴは好んで侍女の真似事をしてるだけで実際は家族だ。上限関係があるとしたら、オレが一番低い位置にいるはずだった。何しろ嫌われ者の人間で、さらに異世界から転がり込んだ異物の上、リリィに拾われたんだから。


「子爵って言ってたが、やたら育ちがいいから侯爵や伯爵の嫡男じゃない男児の可能性がある。魔石は国にとって重要な資源で、それを回収するのに地位が低い騎士なんて使わないだろ。だったら彼だけ生かして、今回の事件を喧伝してもらうのさ」


「情が湧いたんじゃなくて?」


「そんなの湧いてたら、他の奴も生かしてるっての。それに……げほっ」


「……はぁ、ひとまず食べちゃいなさい」


 呆れたとリリィが呟く。食べるのに夢中で、話しながら流し込んだシチューで噎せた。彼女は優雅にスプーンで口に運ぶが、オレは皿から流し込む。5年前に殺されて以来、どうも食事への異常な執着が消えないんだ。リリィに言わせると、トラウマじゃないかって。そんな繊細なつもりはないけど。


 食事を優先させて、勢いよく掻っ込む。呆れ顔のイヴがお代わりを注いでくれた側から、流して飲んだ。お腹の隅々まで食料を詰めた感じがしないと、食事の手が止められないのだ。満腹になったところで、オレは「ご馳走様」と挨拶してナプキンで顔を拭いた。


「どこまで話したっけ?」


「子爵を生かしたというから、情が湧いたの? と尋ねたところまでよ」


 食後に果物と一緒に紅茶を楽しむのが日課のリリィが、レモンを一切れ滑らせる。漂う香りに目を細めた彼女の整った顔を見ながら、オレは続きを頭の片隅から引き出した。


「ああ、えっと……今回は子爵とその馬だけ残して焼き払ってきた。目が覚めるのが遅いと火だるまかも知れない」


「生きてるみたいだよ」


 同族経由で状況を確認していたアベルが口を挟む。礼を言って、続きを話し始めた。


「奴が侯爵あたりの次男なら最高だ。国に戻って、魔石を全部奪われたところから、オレという反逆者まで話してくれる。村の住人を皆殺しにされたら、通常は確認に来るんじゃないか?」


 苦労して集めた貴重な魔石が消えた。彼らは当てにしてたはずだ。それを奪われたとなれば……? 興奮して取り返しに来るだろ。にやりと笑ったオレに、紅茶を飲み干したリリィが笑う。


「素敵な作戦ね。でも魔王城に近づけたら負けよ?」


「分かってるよ」


 手前で全部殲滅してやる。自信満々に返したオレに、双子の狼は顔を見合わせて溜め息をついていた。なんだよ、失礼な奴らだな。

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