エピソード47 個別相対性理論
「あれ、さっき電話しなかったっけ?」
「………別の女がいるってこと」
「違うって!マジでさっき、あれ、通話記録何も残ってないや」
「疲れてるんじゃない?」
「そうなのかな。まぁ、
「公私混同だね」
俺たちはゼミで共同研究を進めていた。といってもこれは別段珍しいことではなく、心理学部の生徒はその実験の内容上、一人で数式やコンピュータ、あるいは薬品と向き合うことはある特定の実験以外では絶対にありえないことである。
俺たちは当初、関心が一致したことで、利害を超えた仲、つまりは恋人になった。
今ではこうして朝から夜遅くまでいろいろと話したり、時にはデートをする、まさに華のキャンパスライフを謳歌していた。
でもいつからだろう。歩美の独占欲が心なしか強くなっていった。俺は彼氏として、彼女である歩美を苦しめたくないな、と一層、人間関係に注意するようになった。
その結果、いかなる深層心理が働いたのか、記憶が曖昧な気がしだしたのだ。正直、そこまでの症例はもはや精神医学に近く、社会学的な僕の知識ではあまり理解できていないのだが、歩美には言えていない。
もしそんなことを打ち明ければ、彼女の心の負担はより増すに違いないからだ。心理学部と言えども、メンヘラの対極にある訳ではない。むしろ人一倍、心の機微に敏感であり、それを認知する術に長けているのだ。
それに、俺の記憶の曖昧さは、不思議と歩美とのものに今のところ限られている。このように、歩美との会話や行動に、時折、現実との差異が生じている。
それはまた、一般に『遠い過去のこと』に関しても同様で、知り合ったのは数年前に他ならないのに、どうもずっと昔から知っているような感慨に時として陥る。
******
「どう思いますか?」
ケチといわれればそれまでだが、俺は医者ではなく、指導教授に質問という形式で尋ねてみた。中年男性、というか初老の伊藤教授とはそれなりに話してきたので快く相談に乗ってくれ………はしなかった。
「それこそ川口さんに聞けばいいじゃないか」
「どうして歩美……さんなんですか?」
「彼女が学部生のときの論文は『MTT』に関するものだったからだよ」
「電話ですか?」
「君ね。『MTT』だよ。メンタルタイムトラベルのことさ」
「あぁなるほど」
先生の眉間にしわが寄ったためにさも思い出した風を装ったが、正直、聞いた覚えのない単語だ。
今度こそ俺は確かに歩美に電話をかける。
呼び出し音がなってすぐに、歩美は電話に出た。
[もしもし?どうかした?]
[あのさ歩美、メンタルタイムトラベル?って何なの]
[…………]
[教授にあのこと相談したら、歩美の方が詳しいみたいな感じでさ]
[きっとからかってるだけだと思うよ]
[え、じゃあ論文の話もジョークなのかな。どうりで聞いたことが無い訳だ。いやさ、聞き返したら怒られかけたんだよ]
[あのごめんね、ちょっと用事できたから、またあとでもいいかな?]
[あーごめんごめん。うん、それじゃあまた]
まったく、餅は餅屋と言うが、メンタル的な問題は心理学教授じゃなくて、お医者様に聞かないとな。
メンタルヘルスとスマホに入力しようとしたとき、つい俺はタイムトラベルと続けてしまった。
ヒットした。
〈
「はぁ………私だけ見てればいいのに」
******
「歩美~オッス…………あれ、さっき電話しなかったっけ?」
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