エピソード39 天使の試練

 僕はもう諦めた。するとどうだ、案外、彼女のというのは馬鹿にできない気もする。


「ね、私に帰依きえして、一身をささげるのが吉なんです」

 ゆさゆさと一部を強調しつつ、僕は彼女の言い分に傾きかけている。


 *****


「………見つけた」

 始まりは逆ナンパまがいの声の掛け方であった。

「あの!」

 独り言でも、気のせいでもないらしく、駅から出てすぐ、僕は見知らぬ女子に目を付けられた。

 その女性はだいたい女子高生~大学生くらいの年齢層で、目と胸がデカい。それとやや声の方も。

「えっと………どなたですか」

 わりとタイプな容姿なので、もしどこかで出逢っているとすれば覚えているはずだ。煩悩の犬は追えども去らず。いくら追い払っても、人の煩悩はつきまとって離れないものなのだ。特に平均的な顔立ちと性格のせいで、モテた試しがない僕のような人間には。


「私はあなたの天使です。天使ちゃんでいいですよ」

「メイド喫茶の勧誘?」

「ご主人様、っていう表現が私にも通用するかは神学論争を招きかねないので、発言には要注意だよ」

「ち、近いです」

 キューピッドとは会ったことがないので、なるほど、彼女が天使か悪魔かヤバい奴か判別できない。まぁ、『天子てんしちゃん』の可能性も無きにしも非ずだが。

「早い話が、君は大当たり、なんだよ!私は君の守護天使なんだもん」

「早すぎるから、初対面でも我ながら無礼な口調なんですけどね」

「ふふん、いいですよ。何よりもまず、天使には人以上の寛容さがありますからね~」

 寛容さねぇ。能天気なだけに見えるけど。

「あ、でも、他の女の子と接触するのは教義に反しますので、あしからず」

「えっ、なにそれ」

 凄い剣幕なので思わず聞いてしまったが、本当は、もはやここから立ち去るべきなのだろう。

「私は君の守護天使。でも他の女の子は君を迷わせる悪魔の手先だから」

「恋のキューピッドという訳ではないのね」

「そんなの論外だから」

 その冷たい反応、心臓に悪いのでやめてほしーな。ギャップ萌えじゃなくてトゲトゲだから。


「それじゃあ、お試しで喫茶店でも行きますか」

「うん!」

 帰依というのも、少し妙な使い回しなだけで、やはり僕の中では逆ナンパでしかないと思っていた。どっちにしても、見た目だけでなく、性格も悪くなさそうなんだし、コーヒー代くらい、人生の枯渇具合と比べれば安いものだ。


 *****


「ここが喫茶店か?」

「ううん」

「だよな」

 そこは明らかに私宅で、そして察するに隣でキャッキャしてる自称天使な女の自宅にであった。

「コーヒーは?」

「ふふ、私は豆からこだわってるの!」

 …………百歩譲る、か。


「ご両親になんて説明するつもりだよ」

「説明はいらないよ。帰依には出家がセットだもん」

「いや、僕じゃなくて、ナンパ相手が急に来たらヤバいだろ。てか、出家って」

「ナンパじゃないから、ね」


[カシャン]


 やっちまった。

 知らない人には付いていかないでね、という母と幼稚園の先生と警察官との約束をすっかり忘れていた。この上もなく自業自得だ。てかマジでどうしよ。

「帰依した信者には手錠すんのかよ!」

「違うかな、これは運命の人には赤い糸が絡みついているみたいに、守護天使との契約、だよ」

「契約…………」

「そう、契約。君は私と楽しいお茶会をするの。それはもう、誰も居ない私たちだけの、ね。そこで君は信仰を誓い、私はそれに応える。つまり、君を全ての危険かた遠ざけるのが私・天使ちゃんの役目なの」

「まずは話を!」

「あ・い・し・て・る」

「お、おい、話を」

「もちろん、話はゆっくり聞くよ。さ、こっちにおいで。おいで」

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