エピソード31 とわに待つ人、いよいよ来たる

「16番です」

「はい、16番ですね」

 綺麗な巫女さんが慣れた手つきで引き出しから一枚の紙を取り出す。こんな紙切れでも、名義上、神託として有り難いものと崇められているのだから妙な心持になる。

 とはいえ、僕のような社会不適合者予備軍には、最高の気休めというか、手ごろな良心も痛まない自己啓発本というか、とにかく嫌な事をする前には、こうしておみくじを買うのがいつの間にか習慣化していた。


 笑顔で手渡されると、自分の性癖に『巫女さん』をカウントしそうになるが、きっとそれは現実逃避の成れの果てであって、可愛ければ何でもいいに違いない。

 それにしても、巫女さんのバイト?はそんなに人がいないのだろうか。

 行くたびにあの娘な気がする。神に仕える者にブラックも何もないのだろうけど。

 ちなみに結果は小吉。あまりパッとしないけど、恋愛は『待ち人身近なり』とあったので気分は悪くない。


「あのすみません………」

 カラカラと下駄?を鳴らしながら近寄ってくる黒髪ロングの綺麗な巫女さん。

「は、はい?」

 見惚れてしまった為に不自然な間で返事してしまう僕。情けなき事この上なし、か。

「とても申し上げにくいのですが、お渡しするおみくじを間違ってしまいまして………」

「え!?」

 じゃあ待ち人は近くないの!?ナニソレ。前代未聞の不祥事だろ。でも神社相手に法的手段を取る気も起きない。なんとまあ、素晴らしきであることか。

「本当に申し訳ございません…………」

 美人な巫女さんがしょげている姿は気の毒であるだけでなく、心にも毒だ。それ故に僕は運命に抗って、もしくは受け止めて、なるたけイケボで『問題ないですよ』とささやいた。


 その結果は予想以上のものだった。

 どこに収納ポケットがあったのか分からないが、電話番号の書いたメモを手渡され、今夜会う予定まで約束してしまった。

 巫女さんなのにどこか不純異性交遊的だけど、誰に咎められることでもないだろう。


 ただ少し気がかりなのは、彼女の言う通り、おみくじが間違っていたかどうかだ。

 見間違いでなければ、確かに『十六』と書かれた場所からするりと取り出していたように思うが。


 あとこっちは完全に気のせいだと思うけど、あの不安気な話し方といい、烏並みの黒髪ロングといい、どこかで会ったように思えてならないんだよなぁ。

 それがどこだったか、彼女が誰だったかは定かではないけれど。


「…………ていうか凶かよ」



 縁結えんむすび

 行きはよいよい帰りはこわい。されど待てば良縁遠し。永久とわに待つ人、いよいよ来たる。

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