第20話 理解と誤解と

 「……それって……だいぶ前の話だったんじゃないのか……?法子の先輩の里沙さんが、和弥さんの婚約者だって分かった時の話なんだろう……?」

 「……そんな前じゃないと思うけど……」

 私には、つい最近のように思えるわよ……。

 「そうかな。あ、分かった……それで父さんが法子のことを二つ三つ僕に聞いたんだ……おかしいとは思ったんだよな。僕が答えなかったら……葵や楓が喋ってしまって!あいつらが口が軽いからだ!僕は誰にも知られないようにしていたのに……っ」

 その言葉にもムッときちゃう。そんなにご家族に知られるのが嫌だったなんて……彼女じゃないじゃないの……。情けないったら!

 「そんなに嫌なら別れてあげるわよ!」

 もうダメ、もう嫌。茂生が私のことをどう思っているか、丸わかりじゃないの……!

 茂生が私の腕をぎゅっと掴む。

 「なん、なんでそんな話になるんだよ!僕は法子を大切にしようとしているのに!」

 「ちょっと、離してよ!痛いじゃないっ!だいだい、大切にしようとしている人が、自分の家族に会わせなかったりする?平気で三年間も嘘をつく?茂生は私の家には遊びに来たのに……私の家族全員に紹介したのに……私は嘘をつかれた上に誰にも会わせてくれようとしないなんて……M駅前のイトーヨーカドーで、偶然に葵くんと楓ちゃんに行き会わなかったら、まだ二人とも知らなかったでしょう?ねえ、それで大切にしようと思っているなんて考えられないわよ!」

 茂生は手を離してくれたけど、どうしてかしら。茂生が傷付いた顔をしているように見える。おかしいじゃない?

 「大切にしているから……大事に思っているから……、誰にも知られないようにしたんじゃないか……なんで法子には分からないかな……」

 は?何を言っているの?

 「茂生……?それ、本気で言っているの?」

 「そうだよ。僕は真剣に考えたんだからね。どうやって、僕らのことを誰にも知られないようにすればいいのかを。一生懸命に考えたんだよ」

 ……信じられない……なんでみんなに隠さなきゃいけないのよ?

 茂生が何を考えているのか、さっぱり分からない。

 「信じられないわ。茂生もそうだけど……茂生のお父さんなんて、もっと信じられないお話をされたんだから。やっぱり親子ね。意味分かんない!」

 こんなこと、言ってはダメだと頭では分かっているの。だけど、あらいざらい喋ってしまいたい!もうヤケになってしまったの!もう知らない!茂生のことが分からない!茂生のバカチン!

 茂生がまた目をまん丸くしている。

 「なん、で……そこで父さんが出て来るんだ!父さんは関係ないだろ!」

 「あるわよ!二人とも、ちょっと意味不明なところがあるじゃないの!」

 「何が、だよ!」

 私は深ーく息を吐いて、思いっきり吸い込んだ。深呼吸よりも深く。

 なんだか、手が震えてきちゃったみたい……。怒りで?かな。

 「あのね……。さっきも話したけど。あの日、茂生のお父さんに言われたの。将来は公私ともに茂生の右腕となって、茂生をサポートして欲しい、って」

 「……うん」 

 良かった。茂生が冷静じゃないけど、話を聞いてくれてる。

 「でね。その続きがあって、私は茂生よりもひとつ上でしょう。だから来年辺りから、就職活動を始めるから、その前に伝えたかったそうなの」

 「……それもさっき聞いたよ」

 「肝心なところはこの次なの。『息子が就職する前に、貴女に杉崎うちに来て頂きたい。その前に、会社経営の触りを専門学校などで学んでおいて欲しいんだ。将来は杉崎の社長夫人になるつもりでいてくれるなら、経営に口出ししろとは言いません。ですが、知らぬ存ぜぬではいて欲しくないんです。就職活動をしない代わりに、来年から、ダブルスクールに通って頂けませんか?勿論費用はこちらで負担します』ですってよ……」

 「え……。ダブルスクール……?って、法子が杉崎うちに来るって、就職する、という意味?」

 「そうだって。だから、里沙先輩でしょ、次が私で、その次に茂生が入社するんだって。和弥さんは実家の会社に一旦就職してからだから、時期は未定なんですってよ」 

 もう、茂生がショック受けまくりだった。言葉が無い。私だって、あの時に言葉を失ったもの……もっとも、酷いことは、私たちにはそんな話は論外で……。

 「おかしいでしょ、笑っちゃうわよね……私たちは関係じゃないし、茂生が私に会社とかを隠していたし、当然のことながら茂生からプロポーズだってされてないし。葵くんと楓ちゃんは、お父さんになんてお話ししたのかな?誤解だらけじゃない……本人なんて誰にも紹介しようとしてないし。それ以前の問題でしょう?茂生がぜんっぜん分かんない!私のこと、これっぽっちも好きじゃないんでしょう?大学そっちで気になる可愛い女の子でもいるんじゃないの?」

 茂生が真っ赤な顔をして震えてる。私も涙でぐちゃぐちゃになってる顔は、茂生と同じく真っ赤だと思う。

 「どうして……理解してくれないんだよ!それよりも、父さんが法子に会いにキャンパスまで押しかけた時にどうして僕に一番にその話をしてくれなかったんだ!そしたら僕は父さんに直談判でもして法子のことを守りたかったのに……っ!どうして僕が法子のことを好きじゃないなんて考えられるんだよ!法子こそ、この二年でサークル活動とかで合コンして、僕よりもいい人が見つかったんじゃないだろうね……?」

 なんですって!!何よ、全て私が悪いみたいじゃない?そりゃあ、合コンはいろんな所から誘われたけど……極力バイトを優先して、茂生に心配をかけないように断ってきたのに!

 このまま言葉にしちゃったら、どうなってしまうの……?私たち。

 「私がどんな思いをして、工夫して合コンを断ってきたと思ってるのよ……。他の人に目なんか行かないったら!それから、私が茂生に言わなかったのは、お父さんから黙っていて欲しいと頼まれたこともあるけど。ううん。茂生が社長を継ぎたくないのも知ってたし、葵くんのことも聞いていたし、何より茂生のプライドが傷付いてしまうと思ったからなんだから。従兄弟さんやその彼女さん、その上私にまで協力して欲しいと言われたようなものじゃない……それって茂生にとって屈辱的でしょう?茂生のプライドが見かけよりも高いこと……私、知ってるんだから。そうでしょ?」

 真っ赤だった茂生の顔がピンク色に変わっていた。心なしか、両眼が潤んでいるみたい……。

 「……は……情けないな……僕。皆から頼りないと思われて、協力者を周囲にあてがわれないと、成り立たないと思われているなんて……。どうせ僕には社長の器なんて柄じゃないんだよ……だから葵に継いで貰おうと思っていたのに……」

 茂生の膝の上で握った拳に、ポタリと雫が滴った。

 え、と思って隣を見ると、茂生はソファからスッ、と立ち上がり、横を向いて私の顔を見ない。

 「……ごめん。こんな遅い時間にお邪魔して……もう、帰るね」

 と言うやいなや、踵を返して玄関の方へと向かった。

 「えっ、ちょ、っと!茂生!」

 「戸締まり、ちゃんとしてよね」

 「ちょっと待ってよ!」


 急いで追いかけたけど、逃げるように茂生はドアをバタンと閉じて出て行ってしまった。

 せっかく久しぶりに会えたのに……なんでこんなことに、ぐちゃぐちゃになってしまったの……?


 もう、何もかもおしまい、なのかな……。

 私は結局、一晩中眠れなかった。

 ケータイを枕元に置いていたけど、茂生からのメールは来なかった。

 私もひと文字も絵文字ですら打てなかった。

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杉﨑法子 「親戚に先輩がいたんです。が決め手でした」 永盛愛美 @manami27100594

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