第4話 保育園児のけいちゃん、おさんぽの時間です
「こらー、列から逸れないで!」
先頭を歩く先生と、後ろにいる先生、後は列の中央あたりを歩く先生。
散歩は基本的には先生にとっては大変な労働だろう。一人でも苦労するのに、何人もの子供の面倒を見なきゃなんない。
俺は基本的には迷惑かけてないし。だって精神年齢的に年上だし。それに前世でもこのくらいの時にはちゃんと言うこと聞けてたんだ。
言うことを聞くという性質においては俺はこの場にいる園児の誰よりも優れていると思う。
「…………」
「何してるの、智也くん?」
「あ、せんせー!」
先生の隣に立っている俺もしゃがみ込んでいる智也を見つめていた。
列を乱してしまっている。早く行かなきゃなんて思って先生のエプロンを引っ張るが、智也を置いていくわけには行かないからか先生は中腰になって智也に話しかける。
「何を見つけたの?」
「えーとね……」
列は俺たちを無視して進む。
通りすがり、もう一人の先生が「先に行きますよ?」と言って歩いて行った。
お弁当を食べる場所は決まっていて、この先にある公園で集合して食べることになっている。
「けいちゃんもいるー?」
「いるよ?」
列は少し先の方に見えて、俺たちは遅れている。とは言え、そこまでの問題があるわけではない。
先生が複数人いたのもこうやって遅れた園児を連れて行くためだ。
「じゃーん! くわがたー!」
そう言って振り向いた智也の手は土で汚れている。その手にはクワガタが一匹、堂々と腹を見せている。
「ひっ……!」
大人の精神年齢の俺は智也の無邪気に、短く悲鳴をあげて先生の足に抱きついた。
「けいちゃん! ほら、くわがただよ?」
「いらない!」
俺が目をつぶってブンブンと右腕を振っていれば智也の腕にぶつかったのだろう。
「あ」
「逃げちゃったね」
「…………もういない?」
「せっかくつかまえたのに」
どうやらクワガタは無事に智也の手から逃れられたようである。
「あ、かえるだー!」
「ともや、いくよ!」
俺はカエルも見たくなかったし、ミミズも見たくない。
だから襟首を掴んで引っ張る。
マジで勘弁してほしい。俺は動物全般が無理なんだよ。虫とか両生類は特に。
「随分、離れちゃったね」
「せんせー、みえるの?」
智也には見えないからか。俺にも見えないけど。先生は視点が高くて見えるんだろう。俺の前世よりも背高いし。
「見えるよ。ほら、行こっか。早くしないとせっかくのお弁当が食べられなくなっちゃう」
「いこー! ほら、はやくはやくー!」
足を止めていたのはどこのどいつだ。
などとツッコミを入れたくもなるが子供なんてそんな物。一秒前の思考とは全く違う思考をしたりするものなんだ。
「うん」
「ねーねー、けいちゃん」
「なに?」
「けいちゃんのおべんとうは?」
「おにぎり」
「おなじだー!」
おにぎりくらいしか入ってるものわからないし。
先生は俺たちを見てずっと微笑んでる。
「ほら、前見て歩いてね。危ないよ」
先生の注意に「はぁーい」と適当な返事をして、前を向く。前方からは杖をつく老人男性が歩いてきて信号機の前で立ち止まった。
「おはようさん」
「おはよーございます!」
智也が元気よく挨拶を返したのを見て、俺もぺこりとお辞儀をして「おはようございます」と返す。
先生と一緒にだ。
「はは、元気だねぇ」
「元気すぎて困っちゃいますよ」
「これからどこに行くんだい?」
老人の答えに智也がまたも大きな声で答える。
「こうえーん!」
「おお、そうか。私も向かうところでね」
「おじいちゃんはおしごとはー?」
智也の質問におじいさんは和やかな様子を見せて答える。
「もうね、お仕事はないんだよ」
「そうなの?」
「そう、だからこうやってゆっくり散歩をしてるんだ」
「おじいちゃんは、なんのおしごとしてたの?」
「んー、こう見えて警察官だったんだ」
「けいさつかん……。おじいちゃん、ヒーローだったの!?」
男の子は好きだよな。
俺の中での警察官のイメージなんてあんまり無いけど。
「ヒーローか……」
「けいさつかんはヒーローだよ!」
「そうかそうか。それは良かった」
どこか嬉しそうに老人は笑う。
子供が警察官というものに尊敬の念を覚えている、ヒーローと呼んでくれることが喜ばしかったんだろう。
「あ、しんごうかわったよ!」
「お、そうだね」
「ほら、わたろうよ!」
「その前に」
先生が飛び出しそうになった智也の肩に手を置いて止める。
「左右の確認しなきゃね」
「あ、そうだった!」
「京ちゃんも一緒にね」
「うん」
右、左、右。
と、しっかり確認してから手を上げて横断歩道を渡る。隣にはおじいさんもいる。
「けいちゃん、ヒーローだって!」
「うん」
「かっこいいなー!」
子供の憧れに水差すなんて大人気ないことはするつもりないよ。
「おれもなりたいなー」
「……なれるよ」
「え?」
「ううん、なんでもない」
だってお前は
なら、当たり前。成れないわけがないんだ。
横断歩道を渡って少し歩いてようやく公園に着く。他の園児たちはもう昼食を始めてたみたいで、俺たちも急いで昼食を食べた。
今日も中々に充実した日だったと思う。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます