第137話 許嫁は悩んでいる
139 許嫁は悩んでいる
右手でマウスを動かしてカチッカチッっとマウスを左クリックする。
するとパソコンから冬馬と四条がキャッキャッウフフしているムカつく映像が流れ出した。
「――これを文化祭で流すんですか?」
パソコンを指差し、苦い顔をしながら隣に立っている夏希先輩に問う。
「まぁ……このシーンは編集を加えてないからただの腹立つ映像だが、ここに編集を加える事によって何とかショートムービーになる。そこは私と筋肉バカの腕の見せ所って訳だ。汐梨にも手伝って欲しかったが、クラスの劇が忙しいんじゃ仕方ないよな」
「ヒロインですからねー。今は多分クラスでダンスの練習していると思います」
「忙しそうだな。――しかし、あれはヒーローじゃなかったか?」
夏希先輩が映画研究部の部室の前の方に立つ二人の美男美女の美男の方を指差した。
「確かに、そうですね……」
「何で全体練習に参加せずにここにいる?」
「さぁ……」
お互いジト目で二人の様子を見守る。
『私はあなたに会う為に生まれたのだろう! スミレ! おお! スミレ! あなたの為、愛の為、一緒に連れて行ってはくれませんか! 愛しのスミレ!』
『おお! トウマ様! 何と嬉しいお言葉! その言葉だけでどれほどの勇気が湧くことでしょう! こちらこそよろしくお願いいたします! 愛しのトウマ様!』
パソコンを見ればイチャイチャ、パソコンから目を離しもイチャイチャ。
こいつら年柄年中盛ってるのか? 発情期ですか?
つうか本名で演技するなよ! イチャっプルめ!
「殴って良いかな?」
夏希先輩が素でそんな事を言うので俺は静かに首を横に振った。
「鉄拳制裁というのは今の時代にはいけない事なので我慢して下さい。ですが、先輩の気持ちは大いに理解出来ます」
「ブーメランって知ってるか?」
「ああ、あの投げたら戻ってくるやつですね」
「今のお前だぞ」
俺は笑いながら手首をクイクイっとして見せる。
「やだなー先輩。それだと俺達が所構わずって感じじゃないですかー」
「無自覚なのが一番ダメだぞ……」
はぁ、と大きく溜息を吐いた先輩が「そういえば」と俺に問いかけてくる。
「文化祭。小次郎の所は屋台だっけ?」
「そうですよ。たこ焼きやります」
「たこ焼きかぁ。良いよな、たこ焼き」
「お祭りって感じでしょ?」
「だなー。テンション上がるわー。買いに行くわー」
「ぜひぜひ来てください」
微笑みながら言う先輩に今度は俺が問う。
「夏希先輩の所は何でしたっけ?」
「ああ、言ってなかったな。ウチらはクレープ屋だ」
そう言ってクレープの生地を焼く真似をしてみせる。
「おお。ライバルですねー。ま、俺は買いに行きませんけど」
「おい! そこは買いに来いよ!」
「あはは! 冗談ですよ。冗談。行かせてもらいます」
笑いながら言うと「絶対来いよなー」と先輩が言った後に「あ、そうだ、そうだ」と何かを思い出した様に机の上に置いていた鞄から数枚の紙を取り出して俺の隣に座る。
「なんです? それ」
「あれ? 貰ってないのか? 外部からの招待状だよ。保護者とか学校外の友達とか呼べるやつ」
「ああー。去年もありましたね。てか、さっき先生から配られました」
「だろ? 小次郎は呼ばないのか? 親とか……は、まぁ恥ずかしいだろうけど、地元の友達とかさ」
「いやー……地元にわざわざ呼ぶ友達なんていないんで……」
自慢にならないので、少し弱々しく頭を掻きながら言うと夏希先輩が「そんなもんだろ」と言ってくれる。
「私も呼ぶのは両親だからな」
「へぇ。仲良いんですね」
自然に出た言葉に夏希先輩は「いやいや」と苦笑いをしながら否定する。
「父親なんて顔合わすのも嫌な位嫌いだし、母親とも別に仲良くなんかないよ」
「仲悪いのに呼ぶんですか?」
「まぁ……。高校最後の文化祭だしな。最後位は……と思ってな」
何だか恥ずかしげに言う先輩に対して「ふふ」と笑みが溢れてしまった。
「な、何だよ。悪いかよ」
「いいえ、逆ですよ。めちゃくちゃ親孝行な人だなぁと」
「う、うるせーぞ後輩。何だか悟った顔しやがって! ムカつくなぁ」
「まぁまぁ。あれよりはマシでしょ?」
そう言って正面を指差す。
『ああ! スミレ! 何と美しいドレス姿だ! このドレスはスミレの為に編み出された物と言っても過言ではなかろう! 愛しのスミレ!』
『ああ! トウマ様! 何と美しいタキシード姿! このタキシードはきっとあなた様に着られる為に存在するに違いありません! 愛しのトウマ様!』
本当にそんな台詞があるのか? あいつらのオリジナルじゃないのか?
「やっぱり殴って良いかな?」
「やっぱり殴って良いと思います」
♢
「――うぇーぃ。疲れた疲れた……」
シオリが忙しいので本番まではそこまで忙しくない俺が映画研究部の編集を手伝わされてしまった。
まぁシオリの帰りを待つ意味もあるし、映画研究部の面子とは仲が良いので別に苦では無かったが。
いや、一個訂正。バカップルのオリジナル演技が視界に入ってくるのは苦痛だったな。
軽く凝った肩に手をやり揉みながら二年四組を訪ねてみる。
シオリから先程『教室にいる』とメッセージが届いたから居てると思うのだが――。
教室の後ろのドアが開いており、そこから軽く覗いて見ると、いつもの窓際の後ろの席にシオリが座っていた。
もう夕暮れ時になっているので他の人はもう帰ったみたいだな。
教室に入り彼女の方へ向かって歩くが、どうやら彼女はこちらの足音や気配に気が付いていないみたいだ。
サーティーンな人なら問答無用で殴り飛ばしてくるだろう背後を取っても彼女は机の上の髪をジッと見つめたまままだ気が付かない。
こうなると悪戯心が芽生えるのが男の子ってやつだよな。
「しーおりん」
「キャ!!」
彼女の物とは思えないかん高い声と身体がピクッとなりこちらに振り返る。
「あーひゃひゃ! 珍しいな。めっちゃビビってる」
手を叩きながら爆笑すると「ムゥ……」と少しむくれた表情を見せてくる。
「何してんだ?」
「意地悪するコジローには教えてあげない」
「あれ? 怒っちゃった?」
聞きながら空いている隣の席の椅子を拝借して腰を下ろす。
しかし、俺の問いには答えずに視線を紙に戻された。
「シオリ?」
「……」
「おーい、シオリたーん」
「……」
「シオリたんマジ天使。シオリしか勝たん」
「……」
「帰りにハンバーガー寄らない?」
「コジローの奢りね」
凄く簡単な事で食いついてくれた。
「分かった分かった。実は短期バイトで絶妙に稼いでいる俺がおごっちゃる」
「そういえば今年の目標って長期バイト探しじゃなかった?」
「うっ!」
予想外の攻撃を受けて言葉が出ない。
「もうバイトは探さないの?」
「い、いやー……。あははー」
俺は笑って誤魔化して話題を戻す作戦に出る。
「そ、それで!? シオリは何してんだよ? こんな夕暮れの教室で。オレンジ色の光とシオリが相まってマジで天使が舞い降りたのかと思ったわ」
俺の言葉にジト目で見てくると溜息を吐いて「やれやれ」と言われてしまう。
「これ」
あえてお前の話に乗ってやる、みたいな感じを出して机の上に置いてあった髪を持ち、こちらに見してくれる。
「ああ……招待状か」
俺の言葉にコクリと頷く。
「太一さんと琴葉さん呼ぶのか?」
聞くとすぐには答えずにジッと下を見ながら考え込む。
別に答えを急いでいる訳ではないので待つ事数秒後に解答があった。
「分からない……」
ボソリと言った後にシオリは髪を机の上に置いて言ってくれる。
「呼んだ方が良いのか、呼ばない方が良いのか分からない……」
「うーん……。そこは本当にシオリの気持ち次第だと思うな。無理してまで呼ぶ必要はないだろうし、呼ばれなかったら呼ばれなかったで別にそこまで気にしないと思うけど」
琴葉さんは「親が来るのとかってうざいでしょ」って自分で言ってたからそこら辺の理解力はあると思う。
そう考えながら先程の夏希先輩との会話を思い出し「ただ」と付け加える。
「呼んだら喜ぶのは間違いないだろうな」
最後……なんて言うと失礼な話だが、いつ終わりが来るか分からないのであれば呼んであげた方が良いのではないだろうかと思う。
俺の言葉にシオリはまた考え込んでしまう。
「――コジローは大幸さんと美桜さん呼ぶの?」
「んー……」
呼ぶつもりは全く無かったが、ここで素直に呼ばないと言うと彼女もそっちに流れる気がしたので俺は首を縦に振った。
「呼ぼうかな」
「そっか……」
「別に俺が両親を呼ぶからってシオリも合わせる必要はないぞ?」
一応、表向きはそう言っておくが、本心から言えば呼んであげて欲しい。
「うん……」
小さな声で頷いて、またまた考え込んだ後、一息吐いて紙を鞄に直して立ち上がった。
「分かんない。お腹空いた。ハンバーガー食べる」
「あれ? 覚えてた?」
言いながら俺も立ち上がる。
「今日はスペシャルバーガーにする」
「あ、奢られるからって贅沢な物頼みやがって」
「ふふ、奢られるからこそ普段食べない物に挑戦するのだ」
「良い性格してんな」
「あはは」と笑い合いながら教室を出るが、シオリの笑みの中には何処か迷いがある様子であった。
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