第94話 許嫁と報告

 冷徹無双の天使様についに男が!?


 そういう噂でも流れると思ったが、そんな事は一切無かった。


 朝、手を繋いで学校に来たから、誰かに見られていてもおかしくはないと思った。


 もう、シオリとの関係を隠している訳ではないので聞かれれば素直に答えるつもりだったんだけど――。


 やはり人間、あまり他人に対してそこまで興味はないのだろう。


 いや、こちらも「俺の許嫁は冷徹無双の天使様」と自慢して言いふらしたいわけではなく、誰も何のアクションも起こしてこないのならそれが一番良い。


 しかしながら、キチンと言わないといけない人がいるので、そこはちゃんと自分の――自分達の口から報告したい。


 昼休み、映画研究部の部室へとやってくる。


「――二人の距離が近いとか、そんなレベルじゃないよね?」

「零距離だな」


 いつもの席にそれぞれ四人が着席すると、最近まで少し距離を取られていたシオリがナチュラルに椅子を近づけてくる。

 なのでこちらも近づけると肩と肩がぶつかるまで距離を縮めた。


「それじゃあ、ご飯食べにくいよ?」

「まさしく。もう少し離れた方が良いな」


 そんな二人のアドバイスを無視して俺とシオリはお互いを見る。


 おそらく、シオリも俺と同じ考えだろうと察することができた。


「あ、あのさ……二人共……。話があるんだけど……」


 俺が口火を切るとシオリが「コジロー?」と呼びかけてくる。


「私から言わせてくれない?」

「いや、こんな緊張する事は俺に言わせてくれないか?」

「ううん……。だからだよ。緊張で張り裂けそうだからこんな酷な役回りコジローにさせられない。こういうのは私の役目」

「ダメだ。シオリにそんな辛い役をやらせるなんて……。俺は……。俺は……!」


 そんな俺達のやり取りをジト目で見てくる二人。


「なんなの? この茶番」

「分からんが、これはチョケているのか、マジなのか……」

「多分マジなんだろうね……」

「あー……。それはうざいな……」

「だねぇ……」


 そんな声が聞こえてきた気がするが、聞こえなかった事にしてシオリの手をこっそりと握り彼女を見る。


「辛いのは半分子にしないか? 一緒に言おう」

「コジロー……そうだね」


 お互い頷き合い正面を見ると二人は北極にいるかのような冷めた目つきで見てくるが、こちらは南国にいるよりも熱い空気なのでそんな冷めた目は屁でもない。


「俺達」

「私達」


「せーっのっ――!」


 二人で頷きながらリズムをとり声を合わせて言い放つ。


「想いを伝え合いました!」


 段取りなしの完全アドリブの台詞が重なり、俺とシオリのシンクロ率が異常に高い事を思い知る。


「見たら分かるわっ!!」


 しかし、正面の二人のシンクロ率も異常に高く、重なる声でツッコミを入れられる。


「もう……。見たら分かるし、そもそも今更感が否めないよ」

「俺に関しては手伝っているしな」


 言われて俺は「いやー」と頭をかく。


「しっかり報告してないと思って」

「本当は体育祭の時に言いたかった」


 シオリの言葉に「そうだよ」と便乗して二人に言う。


「つか! お前ら体育祭の後半ボイコットしやがって。おかげで俺が片付けしたんだぞ!」


 言うと四条が「あ、あははー」と苦笑いを浮かべる。


「いやー……。ねぇ?」


 四条が困って冬馬に話を振ると、彼は眼鏡をクイッとして「なぁ?」と珍しく弱々しい声を出した。

 そして二人は顔を見合わせて頷くと頭を下げてくる。


「すみませんでしたー!」


 重なる謝罪の声に「あ、いや……」と手をふる。


「それは、まぁ……全然大丈夫」


 優しく言ってやると「ん」とか「む」なんて上から目線な声漏れが聞こえた。


「なんかムカつくな。そのとりあえず謝った感」

「そんな事ないぞ? 誠心誠意、想いを込めて謝っている。な? 純恋」

「二人が想いを伝え合ったに掛けて、あたし達も想いを込めて謝りました」


 おちょくられている気がするが、まぁそれは置いておいて、俺は咳払いをして「ともかく」と話を戻す。


「シオリとの事は二人にはしっかり伝えておきたくてな」


 俺の言葉にシオリも、うんうん、と頷く。


 改めて言うと、先程とは打って変わり、四条は天使のような微笑みで手を合わせて言ってくれる。


「おめでとう。二人がそうなってあたしも嬉しいよ」

「うぬ。おめでとう」


 ちゃんと二人から祝福の言葉をもらい、俺とシオリはなんだか照れ臭くなってしまい照れ笑いを浮かべてしまう。


 そんなお祝いムードの中、映画研究部の部室のドアがいきなり開いたので、俺達は反射的にそちらを見る。


「あ、いたいた。しかも小次郎と汐梨もいるじゃん。手間が省けて助かる」


 そこにいたのはポニーテールがトレードマークの夏希先輩。


 ふむ……。改めて見るが……シオリのポニーテールの方が可愛いな。


「俺達にも用事ですか?」


 昼休みに部室に来るという事は、部員に用があるというのは容易に考えられるが、名前を呼ばれたので夏希先輩にそう問うと「ああ」と頷いた後に俺達を二度見する。


「――距離近過ぎない?」


 夏希先輩はちょっと引き気味で聞いてくる。


「え? そうですか?」

「妥当な距離感」


 俺達の答えに「妥当じゃないだろ」と言った後に聞いてくる。


「なに? 付き合ってるの?」

「付き合ってるというか……」

「それ以上」

「それ以上!?」 


 夏希先輩の驚いた声とは反対に正面の二人は、またか、と呆れた顔をしていた。


「え? つまり、小次郎と汐梨は……そういう関係?」

「まぁ」

「そう」

「そ、そうか……。うん。お似合いだよ。二人共」


 夏希先輩からもお祝いのお言葉をもらい、二人でありがとうございますと礼を言う。


「夏希先輩は五十棲先輩と付き合わないんですか?」


 聞くと夏希先輩は手で顔で覆い「やめてくれ」と心底嫌そうな声を出す。


「学校で裸になる奴を好きになるか?」

「愛には色々な形がありますよ。な? シオリ」

「そう。裸なんて理由にならない」

「ははっ。――このバカップルしばき回しても良いかな?」


 夏希先輩の声に四条が答える。


「手伝いますよ。ツープラトン」

「いや、ここは俺も混ざる。スリープラトンでいこう」


 冗談で言っている風には聞こえなかったので、俺は話を切り戻す。


「あ、あのー……。それで、夏希先輩? 俺達にも用事って?」


 無理くりな戻し方だったが「そうそう」と夏希先輩も話を戻してくれる。


「終業式の日に楓先生のお別れ会やろうと思ってな。小次郎と汐梨も映画研究部として手伝ってくれたし、そもそも元担任だろ? だから出て欲しくてな」

「あー……」


 言われて三波先生が二年六組のHRで諸事情により学校を辞めると話が出た時、やっぱり微妙な空気になったな。

 誰も騒がず、誰も泣かず、誰も驚かずといった感じであった。

 これが、一年生の時のクラスなら騒ぎになっていた事だと思うが――。

 もしかしたら、今のクラスの方が現実味があるのかも知れないな……。


「勿論出ます」


 先生には――主にパシられてばかりだったが――世話になったし、見送ってあげる会があるなら是非参加したい。


 俺の言葉にシオリも頷いた。


「オッケー。それじゃまた詳細は日が近くなったら連絡する」


 端的に話すと夏希先輩は部室を出て行った。


「二人も出るなら先生も喜ぶだろう」


 先輩が出て行った後に冬馬が言った後に四条が続く。


「そうだね。大勢の方が楽しいし」

「盛大に見送ってあげよう」


 冬馬の言葉に俺とシオリは頷いた。

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