第88話 体育祭(序)

 あれからというもの、シオリに告白しようとするが、中々タイミングが取れなくて出来ずにいた。


 気まずい雰囲気が続く中、六月も中旬となり、本格的な梅雨が近付いている。


 本日は曇天。俺の心もどんよりしている。


 そんな曇り空の下で行われる我が校の体育祭本番の日である。


 小学生の運動会みたいにお父さんが場所取りをして、ブレブレなカメラ捌きで我が子の勇姿を撮り、家に帰れば「ブレてるー」なんて笑いながら談笑しつつ、新たな思い出を作る。


 なんて事はなく、中、高はどちらかといえば授業の一環。父兄が来る事はなく、学校関係者のみの参加となる。


 各学年に分かれ、更にそこから紅白に分かれたテント。


 一年生は奇数組が紅、偶数組が白。


 二年生は一組〜四組が白、五組〜七組が紅。


 三年生は一、三、六組が紅。二、四、五組が白という組み合わせ。


 一体どういう組み合わせをしたのかは謎だが、三年生は六クラスしかないので、紅白がお互い十クラスと均等の取れた配分。

 三年生まで上がる頃には留年なり退学なりで人が減るからクラスもその分減っている。

 事実、我が学年も二年生に上がった時に見知った顔がいない事を知ったのは最近だ。

 バレンタインの日に出会したチャラ男とか見ないけど、恐らく留年して学校を辞めたのであろう。


「はぁ……。だる……」


 我が二年紅組のテントにて何処の誰かが呟いた声が薄く聞こえてきて苦笑してしまう。


 隣の三年紅組のテントを見ると、高校最後の体育祭という事でやたら気合いが入っているのが伺えるし、逆隣の一年紅組のテントを見ると、初の高校体育祭という事で、どういうテンションで挑めば良いか探りを入れているといった所。


 そんな学年に挟まれて中だるみしているといった様子で、二年紅組の半数近くの人達はだるそうにしていたから、その言葉を誰が呟いたかは分からない。


「一色君! 頑張ろうね!」


 声をかけてきたのは紅のはちまきを下から上に巻いてリボンの結びをしている四条 純恋だ。


「いや! 某ネズミの彼女かっ!」

「えへへ。可愛いでしょ。さっき友達に結んでもらったんだー」


 言いながら小さくピースサインしてくる姿はまるでネズミのランドへ遊びに来た美少女を思わせる。


「――それにしても、みんなやる気ないよねー」


 四条は周りを見渡して、あはは、と苦笑いを浮かべる。


「まぁやる気があるのは運動部が多いだろうな。お前みたいに文化部でやる気あるのはレアじゃない?」

「えー。部活は関係ないよー。映画研究部でもやる気人はいるよ? ほら」


 四条が指差した方向は三年生のテント。それの前。


 そこには半袖の体操服を肩までめくり、鍛え抜かれた筋肉を見せつけている見知った筋肉バカがいた。


「勝つぞっ!」

『おうっ!』

「勝つぞっ!!」

『おうっ!!』

「絶対勝つぞっ!!!」

『おうっ!!!』

「紅組優勝目指してぇ――」

『うぉぉぉぉぉぉ――』


『うぉい!!!!!!』


 五十棲先輩を中心に三年紅組がまるで甲子園出場をかけた決勝の舞台に立つ前の選手達の様に熱い声かけをしていた。

 てか、久しぶりに見たな、あの筋肉バカ先輩。流石にここでは脱いでないみたいだ。


「映画研究部の人が指揮してるよ?」

「あれは別次元だな。見てみろよ。一年生の引いた空気」


 逆隣の一年生のテントを親指で差すと四条は「ありゃま」と苦笑いを浮かべる。


「ま、まぁ……。あそこまでやる気を出さなくても良いかもだけど、もう少しやる気があっても良いんじゃないかな?」


 四条の言葉に答えようとすると「そうだぞ! 一色!」と熱苦しい声がする。


「うわ……五十棲さん……」


 気が付くと目の前に五十棲さんとその仲間達が俺の前に立つ。


「折角の体育祭なんだ! 楽しもうぜ!」


 ニカっとホワイトニングでもしてるの? と言いたくなる白い歯を見して、鍛え抜いたであろう岩の様に太い腕を見してくる。


「そうだぜ! 後輩!」

「楽しもうぜ! 後輩!」

「勝とうぜ! 後輩!」

「楽しもうぜ! 後輩!」

「白組倒そうぜ! 後輩!」

「後輩!」


「ああああああ! うるせー!!」


 熱苦しい先輩達に向かって失礼だがツッコミを入れさせてもらう。


 でも許して欲しい。後輩、後輩うるせーし、声かけが被ってるし、最後はネタ切れだし。


「二年生のみんな! どうした? 暗いじゃねぇか!」

『うぉい!』

「折角の体育祭だ。体育祭ってのは『体育』と書いて『祭り』と書く!」

『うぉい!』

「祭りだぜ!? 踊る阿呆に見る阿呆。同じ阿呆なら?」

『踊りゃな損損!』

「みんなで踊りあかそうぜ!!」

『うぉぉぉい!』


「混ざるな混ざるな」


 誰よりも声を出して腕を天に掲げているどこぞの海賊王を目指している一味みたいな四条はスイッチが入ったのか「みんな!」と可愛い声を出す。


「体育祭! 最高の思い出作ろうね」


 まるでアイドルが観客に声をかけるみたいに言うとざわざわとしだす二年紅組。


『四条さんが言うなら』

『純恋ちゃんが言うなら』

『よっちゃんが言うなら』

『すみれんが言うなら』

『じょーさんが言うなら』

『慈愛都雅の天使様が言うなら』


「いや! 多いな! あだ名!」


 しかし、流石は人気者。


 すっかり忘れていたが、四条 純恋は『慈愛都雅の天使様』という異名をもち、学年でも上位レベルで人気が博している。


 勿論、彼女の声かけに嫌悪感を出している者も少数だがいるのが現実だ。しかし、それ以上に男女問わず、彼女を支持する者の方が多い。


『しゃーない、やるか』

『そうね。折角だし』

『白組か……倒してしまって構わんのだろ?』


 ふつふつとやる気をみなぎらせる二年紅組。


『みんな! やろうぜ!!』

『おうっ!!』


 すげー……。


 映画研究部が中心になってやる気のなかった人達を奮い立たせた。


 体育会系がすぎるよ、映画研究部。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る