第78話 許嫁の段取り

「なんか……。二人の距離近くない?」


 昼休み。


 いつもみたいに映画研究部の部室を借りての昼食。そしていつもの席に座ると、向かい側に座る四条が俺達を見て言ってくる。


「ふむ……。確かにそんな気がしない事もないな」


 四条の隣に座る冬馬も同意見らしい。


 俺とシオリは顔を見合わせた後に仲良く「そんな事ないよ」と声を重ねた。


 実を言うと、いつもよりシオリ側へ椅子を近づけているのは秘密である。

 しかし、ほんの数センチしか近づけていないのに何だか物凄く近く感じるな。

 家ではこれくらいの距離で接する時もある。だけど、学校でこれほどの距離というのは初めてなので、家とはまた違うドキドキがある。


「あやしい……」


 ジト目で見てくる四条に冬馬が反応する。


「もしかして、俺達が帰った後に何かあったんじゃないのか?」

「『同居バレたし何でもありだぜー』みたいな?」

「それ」


 彼の言葉にドキッとしたが「どれだよ!」と苦笑いを浮かべながら二人にツッコミを入れて答える。


「テスト前だからお前らが帰ったら勉強してたっての」


 シオリも激しく首を縦に振る。


 そんな発言に冬馬は眼鏡を光らせる。


「ふむ……。しかし、今日の小次郎の移動教室の時、四組の前を通っていたよな。普段は通らないのに」


 ギクっ。


 もしかしたら見られたか……。


「なぜだ?」


 しかし、予想に反して「しかもスローモーションで手を振っていた」と言ってこない辺りじっくりとは見られていないらしい。


 ならば――強気で良い。


「そりゃ四組の前にトイレあるからだろう。そこからなら四組側の階段でも、七組側の階段から行っても同じだろ?」

「ふむ。それは確かだな」


 冬馬は納得したみたいで「勘ぐりすぎたか……」と、どうやら騙せたみたいだな。これがスローモーション手フリフリを見られていたらバレたであろう。危なかった。


「そう言えば今日珍しく汐梨ちゃんが六組来てたよね?」


 今度は四条が言い放つ。


 何これ? ターン制バトルなの? めっちゃ攻められるやん。


 しかし、流石はシオリ、相変わらずの無表情で答える。


「教科書忘れちゃって。コジローに借りてた」


 シオリは「あ、そうだ」とシオリはお弁当を二つ持ってきてくれている関係でスクールバック事持ってきているので、そこから俺が先ほど借した英語の教科書を取り出す。


「ありがとう助かったよ」

「あ、いや……」


 俺が謝ろうとすると「どうかした?」と首を傾げる。


 シオリの「ありがとう助かったよ」という発言は嫌味ではなく素の発言。ここで「あれ? 数学って言ってなかった?」と言えば二人の追加攻撃が始まる気がしたので「んー」と何も気が付いていませんよ、という感じを出して受け取る。


「なんだ……。逢い引きの段取りじゃないんだ」


 四条が残念そうな、つまならそうな声を出す。


「――そろそろ腹減ったし、飯にしようぜ」


 この攻められる空気にピリオドを打ちたいのと、本当に腹が減っての発言に四条が反応してくれて「そうだね」と彼女も持って来ていたスクールバックから冬馬の分の弁当を取り出す。


「いつもすまない。無理してないか?」

「ううん。全然。こんなの朝飯前だよ」

「そうか。本当に助かる。純恋の弁当は美味いからな。もう学食には戻れない」

「も、もう。おだてても何も出ないよ」


 向かいの席では初心っプルみたいな二人がテンプレ的展開を繰り広げられていた。


 あの四条の嬉しそうな顔。写メ撮って後でいじってやりたい気分だ。


「はい、コジロー」


 シオリも俺の前に弁当を置いてくれる。


「いつもありがと」


 毎度捻りのない、だけど本当に思っている事を伝えると、シオリは耳元で小さく囁く。


「今日は自信作」

「え……。それって……」

「むぅ。今日は大丈夫だから。開けて見て」


 少し頬を膨らまして拗ねたような声を出すシオリ。だが、彼女の自信作ということは、弁当は宇宙と化しているのではないだろうか……。まぁ美味かったら何でも良いけど。


 あんまり期待せずに弁当を開けると――。


「――普通の弁当だ」


 弁当には暗黒物質が一つもなかった。


「言ったでしょ。今日は自信作だって。あ、勿論、手抜きじゃないよ」

「お、おお」


 手抜きじゃないのにビジュアルが良い料理なんてしおり史上初なのでは?

 これは楽しみである。


「じゃあ早速――」


 そう思い、箸を探すが見当たらない。


「シオリ? 箸ある?」


 隣で、今日は上手い事できたぜ、と言わんばりに自分の弁当を広げてるシオリに問いかけると「え……」とこちらを見る。


「ない?」

「うん。ないな」

「嘘……」


 シオリは少し焦ってカバンの中を漁る。


「どうかしたの?」


 俺達の様子に気がついた四条が気を使って聞いてくれる。


「お箸忘れちゃった」

「あちゃー。ごめんね汐梨ちゃん。あたしも予備は持って来てないんだよね」

「ううん。純恋ちゃんごめんねお騒がせして」


 シオリは溜息を吐いて自分の分の箸をこちらに渡そうとする。


「いやいや、それじゃシオリが食えないだろ」

「でも」

「いつも作ってくれてるんだ。シオリには落ち度なんかない。俺が職員室なり学食で箸くらいもらってくるわ」


 そう言って立ち上がろうとすると「待て」と冬馬が俺に停止をかける。


「衛生上の問題で職員室は箸やコップ類の貸し出しを禁止している。学食に至っては、環境問題に積極的に取り組んでいるから割り箸は学食を買った人のみに配布される」


 怪しく言ってのける冬馬に「んなアホな!」と、ツッコんでしまう。

 そんな嘘、子供でも騙されない――。


「ええ! そうなんだ」

「初耳」


 ――訂正。いたわ。少なくとも、ここにいるのは見た目も心もピュアな天使様だ。簡単に騙されている。


「そうなってくるとどうすれば……」

「七瀬川さん。答えは自分の中でとうに出ていると思われるが?」

「答えは……出ている……?」


 シオリは握っていた箸を見つめると、まるで名探偵が全ての矛盾に気が付いて真犯人を見つけた時みたいに頭に電撃を走らせていた。


「そうか、わかったぞ」

「なんやてシオリ」

「こうすれば良い」


 シオリはお弁当の玉子焼きを箸でつまむと、無意識に持っていない方の手を箸の下に持っていき、俺の口元に近づけてくる。


 こ、これは、所謂、あーん、である。


「せ、せやかてシオリ」

「こうするしか他ない」


 そう言ってシオリは「あ〜ん」と台詞付きで口元まで持ってきた。


 めちゃくちゃ恥ずかしいが、もうそこまで玉子焼きが迫って来ているので「あ、あ〜ん」とこちらも台詞付きで受け入れる。


「マジでやりやがった」

「見てるこっちが照れちゃうよ」


 そんな二人の声が遠くから聞こえる気がした。


「お、美味しい?」

「う、うん……」

「よ、良かった。じゃあ、次」

「おいおい。もしかして弁当全部これで食べるつもりか?」

「しょ、しょうがないよ。お箸ないもん」

「どんだけ時間かかるんだ」

「ほら、つべこべ言わず、次はハンバーグ行くよ。あ〜ん」

「あ〜ん」


 そう言ってミニハンバーグを口元に持ってくるのであった。


「なぁ純恋?」

「ん?」

「このタコさんウィンナー砂糖でも入れた?」

「わかるよ。冬馬君の言いたい事はわかる。よくもまぁ人前でこうもイチャつけるよね。そりゃタコさんもとろけちゃう程甘くなるよ」

「一回だけ見れたら満足だったんだが――これいつ止めるべきだ?」

「もう良いんじゃない? 二人楽しそうだし。このままで」

「――それもそうか」




「なんだか物凄く胸焼けしている」


 長い弁当の時間が終わり、部室を出た時、冬馬が胸を押さえて言い放つ。


「なんで?」


 素直に聞くと冬馬はこちらをチラリと見て「さぁな」と眼鏡をクイッとさせる。


「なんでだろうねー」


 部室の鍵をしながら四条が意味深な言い方をする。


「あたしもなんだか胸焼けだよ。ねー? 冬馬君」


 ピョンと兎みたいに跳ねて冬馬の隣に並ぶ。


「なー」


 冬馬も意味深な言い方で四条に同意すると二人して先を歩く。

 その後をシオリが追いかける様に歩くから、俺も追いかけようとすると、シオリから返してもらった教科書の中から一枚の紙切れがゆりかごみたいに揺れながら落ちて行った。


 なんだ? なんかのプリントでも混ざってたか?


 疑問に思いながら拾い上げたプリントを見る。


「――はは……」


 つい笑みが零れて、早足でシオリの隣に並ぶと前の二人に聞こえない程度の声で言った。


「そうしようか」


 主語ない言葉にシオリはこちらを見て目を見開いたが、すぐに理解したのか「校門で待ってる」と答えてくれる。


「いや……教室まで迎え行くよ」

「え……」


 シオリの困惑の声に俺は続ける。


「また前みたいに変な奴に絡まれるの見たくないし」

「その時は……また助けてくれるでしょ?」

「そりゃまぁ……。でも極力そういう目に合うシオリは見たくないかな」

「そっか……」


 シオリは微笑みかけてくる。


「じゃあ自分のクラスで待ってるよ。コジローが来るのを」

「ああ。待ってて」


 教科書に挟んであったのは『今日一緒に帰ろ』とシオリの字で書かれた手紙だった。


 まさか四条の言う通り、本当に逢い引きの段取りとは思いもしなかったので、つい笑みが零れてしまったが、手紙で誘われると言うのは妙にドキドキしてしまうな。


 手紙なんて古臭いと思っていたけど……好きな人からもらえる手紙ってのは良いものだ。

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