第56話 許嫁の機嫌がよくわからない
「七時だよ、コジロー」
朝。夢は見なかった。
その為か身体を揺らされてシオリの声でスッと起きることが出来る。
「おふぁーあ……よ……」
スッと起きる事はできたが、眠たい事に変わりはないので、寝ぼけた声が出てしまう。
「おはよ」
シオリはいつも通り、クールで短い声を出すと、ベッドに手を置いて、前のめりで俺の顔を見てくる。
「――んー?」
ジッと見つめてきているので俺の顔に何かついているのかと思い、手で頬を触る。
「なんかついてる?」
聞くとシオリは無表情のまま体勢を戻して「寝起きだから仕方ない」と言い残して部屋を出て行った。
「なんだぁ?」
起き上がり、顔と歯を洗いいつものダイニングテーブルに用意されている朝ごはんを食べる。
いつもなら先に学校へ行くシオリが今日はなぜか向かいの席に座り、こちらをジーッと見てくる。
「シオリ? 学校行かないのか?」
俺の質問に答えずにこちらを無表情で見つめてくる。そこに照れや恥じなどは一切ない。ただ無である。
こちとらその無表情ですら見続けると照れや恥じが生じるのに……。
――というか、今日のシオリはいつにも増してめちゃくちゃ綺麗に見えるな。
もしかしたら使ってくれたのだろうか。
つい顔を逸らしてテレビに目をやると『今日の降水確率は六十パーセント。折りたたみ傘があると安心です』なんて人気の可愛いアナウンサーが言っていた。
失礼なのだが――。確かに人気があり可愛いアナウンサーだけど、シオリと比べると、シオリってめちゃくちゃレベル高いんだな、と再認識出来てしまう。
そんなシオリは溜息を吐いてリビングの時計に目をやる。
「ほら、早く食べないと遅刻するよ」
「おっと……。――って、シオリは先に行かないのか?」
「今日はコジローと行く」
いきなりの発言に「え、それは……」とナヨナヨしい声が出てしまった。
「反論は認めない。今日は一緒する」
そう言ってジーッと見てくるので根負けしてしまう。
「わ、分かったよ」
「ん。じゃあ早く食べて」
シオリに急かされて俺はご飯をかきこんだ。
しかし、何で今日に限って一緒に行くなんて言い出したのだろう。
いつもの学校への道。いつもの通学路。
しかし、それが今日は何だかいつも通りではない道な様な気がする。
それは、俺の隣を冷徹無双の天使様が歩いているからだろう。
こんな所を誰かに見られたら――それこそファンクラブの奴等に見られたらヤられるかも知らない。
つい、キョロキョロと周りを見渡して警戒しながら歩いてしまう。
「コジロー……。怪しいよ」
「そ、そう?」
俺の心境を悟ったのか、シオリは溜息を吐いた。
「別にたまたま会った事にしたら良いじゃん」
「いや、まぁ……そう……だな」
それで許してくれれば良いんだけど……。
言葉ではそう言っても、やっぱりどこか落ち着かずキョロキョロと辺りを見渡してしまうと、クイクイっと服の袖を引っ張られる。
「ね?」
「うん?」
シオリの顔を見ると、やはりいつにも増して綺麗である。
その為、直視出来ずに童貞丸出しで視線を逸らし、その微乳の方へと送らせて平常心を保つ。
「むっ……」と小さく機嫌の悪くなった声が聞こえた。
やはり女の子は男の視線の先が分かると言うから、怒らせてしまったか……。
しかし……シオリは最近すぐ機嫌が悪くなるな……。
俺はいつも通り、シオリからすると大分遅めに着いた教室内。
「おはよう」と挨拶をしてくれる四条は後ろに向けていた身体を横に向けて朝の挨拶をしてくれる。
色々と悩んでいたみたいだけど、冬馬とは普段通り喋っているみたいだ。
それは悩みが何らかの理由で晴れたのか、それとも表向きだけなのか分からないが、第三者から見ると気不味い関係性とは思えない。
「あれ?」と四条が俺達を見て首を傾げると、冬馬が「ふっ」と含みのある笑いを見してくる。
「今日は朝からラブラブ?」
四条がニタァと笑ってからかう様に言ってくる。
「純恋よせ。七瀬川さんは平気だろうが、小次郎はまだまだ思春期ど真ん中。特に女の子関係でからかうとすぐに不貞腐れてしまう。温かい目で見守ってやろうではないか」
「それもそうだねー」
「おいお前ら――というかそこの糞眼鏡。お前だけには絶対言われたくない」
俺の反論に冬馬はスチャっと眼鏡をあげて「青いな」と一言。
そんな俺達の会話をクールにスルーしてシオリは着席するとヘッドホンを装着して本を取り出して自分の世界に入る。
「あれ? 一色君。もしかして七瀬川さん怒らせた?」
「おいおい。朝から何やったんだよ馬鹿者」
「俺!?」
――だな……。
そんなにおっぱいに目を向けたのがしゃくに触ったのだろうか……。
「な? シオリ?」と俺は懺悔の気持ちを込めて彼女を呼ぶと、その気持ちが伝わったのか、シオリは無表情でヘッドホンを外して反応してくれる。
「どうかした?」
冷たいながらに何処か温かさを感じる声な気がする。
どうやら、俺の謝罪の気持ちは伝わっているみたいだ。
いくら、冷徹無双の天使様と呼ばれていても、気持ちを込めれば許してくれるのだろう。
だったら次は気持ちを言葉にして謝ろう。
俺は周りには聞こえない様に、シオリにだけ聞こえる様に言ってのける。
「朝からおっぱい見てごめん」
「――あ?」
「見る気は無かったんだよ……その美乳であって微乳である物を……。いや、形は凄く良いよ? スポーツで言うならば技術力が高いと言うべきかな? でも、単純に大きさが――パワーが足りないというか……。だから、俺は別に好き好んで見た訳じゃなくてだな、何が言いたいかと言うと、それは今日はシオリが――」
「消えろクズ」
「おっふ!」
顔面に右ストレートが見事に入り、俺は朝からKOされてしまった。
「なにやってんだか……」
「朝からイチャイチャするなよ」
薄れいく意識の中、隣の席から呆れた声が聞こえてきて、俺の意識はブラックアウトした。
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