第55話 慈愛都雅の天使様はちょっぴりロック

 無事にシオリへお返しを渡せたが、タイミングはあれで良かったのだろうか……。家でゆっくりしている時に渡して、中身を見た時の反応とか見たかった気もする。


「コジロー」


 放課後になり後ろから声が聞こえるとシオリが呼んできたので振り返る。


「先に帰るね」

「あ、ああ……」


 そう言ってシオリは教室を出て行った。


「――冷徹無双の天使様はご機嫌の様だな」


 シオリが教室を出て行った後に冬馬が立ち上がって言ってくる。


 確かに。いつも帰る時は黙って帰るのに今日は一言かけてから帰って行ったな。


「先程の頭撫でが効いたのか?」

「――ぶっ!」


 俺は吹き出してむせてしまう。


「――み……見てたのか?」

「部室から。視力は良い方だからな」


 そう言って眼鏡を光らせてクイッとしてくる。


 眼鏡をしているのに視力が良いとかいう訳の分からない発言は放置だ。


「ど、どこから?」

「冷徹無双の天使様が怪しい包みを貰っているあたりからだな」

「全部かよ……」


 嘆きのセリフを吐くと冬馬はニタッと笑って「青春だな」何て年長者みたいな事を言ってきやがる。


「お、お前はどうなんだよ? ちゃんと返せたのか?」

「グフっ!」


 冬馬は珍しくダメージを喰らった様な反応を示すと、眼鏡をクイクイッとして言ってくる。


「んー? 冬馬ちゃーん? まだ返せてないの? 三人の女の子にまだなのー?」

「う、うるさい!」

「かっかっかっ! 早く返した方が良いんじゃなーい?」

「だ、黙れ! 黙れ!」


 冬馬はいじられると言語力が著しく低下するから、からかうと正直面白い。


「――お、お? 小次郎。その手に持っているのは七瀬川さんが貰った物じゃないのか?」


 圧倒的話題変更をしてくる冬馬。

 ま、このままいじり続けると怒るから乗ってやるか。


「そうなんだよ。なんか訳もなくシオリが貰った物なんだ。シオリが本人に返すのは酷すぎるから俺が返してやろうと思ったんだけど……。相手が誰なのか分からないんだ。今から探すつもり」

「ふむ……。心当たりがあるな」

「え?」

「さっき言ったろ? 見てたって。相手が誰かは大体わかる。――俺が返却しておいてやろう」

「良いのか?」

「ああ。問題ない」


 おお。いじられたくないから優しい。


「それじゃ遠慮なく」


 お言葉に甘えて冬馬に包みを渡す。


「それじゃ頼むわ」

「うぬ」







 放課後は意味不明の贈り物をシオリに贈った人物を探す旅に出ようと思ったが、意外にも手間が省けてしまい時間が余った。


 校門を出た辺りでポケットに入れていたスマホが震えたので取り出すとシオリから珍しくメッセージが入っていた。


『帰りで良いからお味噌買って来て』


 簡単に書かれたメッセージを見て「味噌か……」と呟く。


 学校から家までの距離は近く、帰りがけにスーパーはない。つまりは遠回りをしなければならないのだ。


 それだったら、少し足を伸ばして駅前にでも行くか……。たまにはゲーセンでも行こうかな……。




 駅前の大きなゲームセンターへ行く。


 地元のゲームセンターは少し寂れているのだが、ここのゲームセンターは綺麗で種類も豊富である。


 そんなゲームセンターの出入り口で、若いお兄さん二人組が苦笑いで出ていく時の会話が聞こえて来た。


「あのエボスリーやばいな」

「いろんな意味でな……。でも、めっちゃ可愛かったな」

「エボねーちゃん――なんつって」

「死ぬほどつまらんな」


 そんな話が聞こえて来たので、久しぶりに峠でも攻めるかー。


 何て思いながら、レースゲームのコーナーに行くと、そこを通る人達が一旦達止まって少し見ては感心した様な顔をして去って行く。


 なんだ? 相当上手い人がプレイしてるのか?


 そう思いながら、俺の野次馬精神が刺激されてチラリと見に行ってみる。


「――曲がる! 曲がって! あたしのエボスリー!」


 大きな声を出しながら運転しているのは我が校の制服を着ている女子高生だった。


 その姿を見て俺は唖然としてしまう。


 プレイが終わって立ち上がる女子高生が俺と目が合うと苦笑いを浮かべてくる。


「あ、や、やほー……。一色君」

「四条……。お前なにしてんだよ……」







「いやー……。恥ずかしい所を見られちゃったね……」


 ゲームセンターの入り口付近にある小休憩所。そこの自販機で四条が缶ジュースを二つ買って、一つを俺に差し出してくる。


「どうか、これで内密に」

「ワイロ的な?」

「それそれ」

「そんなもんなくてもわざわざ言わないけど……。ま、いただきます」


 遠慮なくジュースをもらって、プルタブを開けていると「――で?」と四条が聞いてくる。


「ちゃんとバレンタインのお返ししたの?」

「え? 知ってるの?」

「当然だよ。この四条 純恋はなんでも知っているのです」


 大きな胸を張り「えっへん」と偉そうに言ってくる。


「ま、まぁ……」


 ジュースを飲みながら答えると、まるで女神のように慈愛に満ちた顔をする。


「偉い、偉い」


 何だか、気恥ずかしくなったので、俺は話題を変える。


「四条は? なんでゲーセンでサボる――何て一昔前のヤンキーがやりそうな行動に出た?」


 そう言うと「あ、あはは……」と苦笑いを浮かべた後に寂しそうな顔をする。


「本当は部活も忙しい時期だし行かなきゃ――って分かってるんだけどね……。今日学校行っても虚しいだけだから……。どうしても心が追いつかなくて」

「心が風邪をひいた時に休むのは大いに賛成だな。そんな時は無理する必要何てない。――でも、どうして心が風邪をひいたんだ? 理由――よかったら聞いても良いかな?」


 優しく問うと、四条は両手で缶ジュースを持ったまま固まる。


「あえて言うなら……格差――かな?」

「それってお返しが?」


 四条は小さく頷いた。


「本命をあげても気がついてくれない。相手が見ているのはあたしじゃない」


 四条は冬馬の好きな奴を知っていて、それが自分じゃない事に気がついているって訳か……。


「相手がこっちを見てくれないなら切り替えれば良い――そう出来れば楽なんだけど……。でも、恋ってそんな単純で簡単な物じゃないんだよね……」


 なんと言えば分からずににいると、四条が「――ああああ!」と可愛い雄叫びをあげる。


「――ってな感じで、気持ちがモヤモヤーってしたから、今日は学校休んで風を感じようと」

「風を感じるって――ゲーセンで?」


 笑いながら言うと、四条も笑いながら「違うよー」とポケットから鍵を取り出した。


「これで来たんだ」

「――車?」

「あははー。普通自動車免許は十八歳以上からだよ」

「――もしかしてバイク?」

「ご名答」


 そう言って四条が「あたしの愛車見てよ」と言って歩き出すので、俺は興味津々で彼女の後を追う。


 ゲームセンターの駐輪場には自転車や原付、アメリカンやビックスクーターが駐車してあった。


 そのうちのディオを指差して「無駄ぁ!」と笑いながら言うと「どうしたの?」と病気のやつを心配する目をされて咳払いで誤魔化す。


「――って……もしかして……マジェ?」


 四条がビックスクーターのマジェスティの前で立ち止まるから俺は驚きの声が出てしまう。


「あ、一色君バイク詳しんだね」

「いや、そんなにだけど……。それは知ってる。――てか! え? 中免!?」

「うん。そうだよ?」

「――はぁ……」


 なんとも意外な組み合わせ。


 うちの学校はバイトもOK。免許もOKな結構緩い校則だけど……。まさか慈愛都雅の天使様がビックスクーター乗ってるなんてな。予想外である。


「気持ちがモヤモヤしたらマジェスティちゃんに癒してもらうんだ」


 四条がマジェを撫でながら嬉しそうな表情を見せる。


「バイクとか好きなんだ?」

「うーん……。最初は別に……。バイト行くのに足が欲しい程度だったんだよ」

「それなら原付で良くない?」

「ちゃんと勉強したかったから。ほら、原付って試験一発して受かったら、ちょろっと講習しておしまいでしょ? それはちょっと危ないと思って」

「へぇ。原付の免許ってそうなんだ」

「うん。だからちゃんと時間かけて行きたかったから。――それでいざバイク買ったらハマったというか」

「良い趣味じゃん」

「うん」


 四条はヘルメットを取り出して被ると、マジェスティに跨る。


「制服来て乗ったらまずいんじゃないの?」

「あははー。そうだねー。一色君にマウントも取れたし退散するよー」


 危機感も何も感じられない声を出して、四条は方向転換するとエンジンをかける。


「一色君。――今日はありがとう。一色君とお話しできて気分が良くなったよ」

「俺で良かったらいつでも気分転換に使ってくれ」

「そうだね。あたしの秘密知ってる人だもんね。ガンガン利用しなくちゃ」

「ほ、ほどほどで」


 四条がニタッと可愛らしく笑う。


「それはどうかなー、許嫁と一緒にコキ使うかもー」


 そう言い残し、四条はエンジンを唸らせて車道に合流するとあっという間にいなくなってしまった。


 その後ろ姿はかっこよかったのだけど、どこか寂しげであった。

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