第54話 許嫁へお返し
三月十四日の教室内は日常の景色と代わり映えはしなかった。それでも、少し、ほんの少し浮き足立っているような、そんな雰囲気を感じられる。
女子達は男子達とは違い余裕があるような、そんなイメージだ。
女性の方が精神年齢が上と言う部分からなるのか、そもそもホワイトデーがバレンタインデーのおまけ的なノリだからなのか……。
この前買ったお返しをいつ渡すか考えながら、やっぱり家で渡した方が無難だよな、何て思いつつ、ちゃっかりブレザーのポケットにお返しを忍ばせて登校すると違和感があった。
それが何なのか分からずに着席する。
鞄を机の横のフックにかけて、視界に冬馬の姿が見えたので「おはー」と手を振ると「おはよう」と返してくれる。
ふむ……。冬馬はいつも通りスマホを自席でいじっている。
椅子の背もたれを肘おき代わりに右肘を置いてシオリの方を見る。
「なぁ? それ何聞いてんの?」
ヘッドホンをしていたシオリは一瞬、うわっ、と後ずさるように驚いたが、すぐにいつも通りの無表情を作りヘッドホンを外して「なに?」と聞いてくる。
「いつもなに聞いてんの?」
もう一度同じ質問を投げるとシオリはジト目で見た後に「何でもいいでしょ」と冷たく言って、再度ヘッドホンを装着した。
ふむ……。シオリも平常運転だな。
――じゃあ、何だ?
首を捻りながら考え込んでいると右肩をクイクイと引っ張られる。
「気になる?」
「――ん? なにが?」
「私が聞いてる曲」
「ああ……。気になるけど……。今はそんな事より――」
「そんな事?」
シオリは眉を顰めた後に「じゃあ一生教えない」と言ってヘッドホンのボタンを押した。
やべ……。怒らせちゃった……。
「あ、いやー。気になるなぁ。凄い気になる。割とガチで気になるなぁ」
ゴマスリ部長が社長の機嫌を取る様な口調でセリフを吐くが、つーん、という擬音が出ているみたいにシオリはフル無視であった。
「あっはっはっ! 小次郎。怒らせたな」
そんな俺たちの様子を見ていた冬馬が爆笑して言ってくる。
「女心の分からないやつだな」
「お前にだけは言われたかねーよ」
冬馬をあしらうように言った後にシオリの顔の前に「おーい」とか「シオリちゃーん」とか言って手を振るが、一向に反応を示さない。
「馬鹿だな。そんなので反応するか」
あしらった冬馬が再度絡んでくるので「あん?」と若干喧嘩腰で反応する。
「だから女心がわからんと言っているんだ。ここは『愛しの許嫁』とでも言えば反応間違いなしだろ」
「お前、そんな思考でよく俺に偉そうな事がいえたな」
「物は試しだやってみろ」
「誰がやるか!」
そんなくだらない会話をしていると始業を知らせるチャイムが校内に鳴り響いた。
教室内では速やかに皆、自席に着席して担任の先生を待つ。
「みんなー。おはよー!」
まるで学園のマドンナが登校してくるみたいに生徒よりも元気な声で教室に入ってくる三波先生。
クラスメイト達、俺も含めてバラバラに、おはようございます、と挨拶をする。
三波先生は出席棒を教卓に置いて、クラスを見渡して頷いていた。
そして俺の隣を見て「あ、四条さんはお休み――っと」
そう言われて違和感の正体に気が付いた。
そうだ、四条がいないんだ。
風邪でもひいたのかな?
♢
ここ最近、冬馬は部活の追い込みの為、昼休み献上で部活動に励んでいる。
そんな訳で、一人、学食に向かうために二階の渡り廊下に出ると、シオリと少し地味目な男子生徒が渡り廊下の端っこでやりとりをしていた。
何かの包みを男子生徒が渡している様子である…。
「あ……ちょっと……」
「そ、それじゃ!」
男子生徒は脱兎の如く逃げ出した。
困ったような顔をしているシオリに近づいて「バレンタインのお返しか?」と話しかけると、こちらを見て、プイッと顔を逸らしてくる。
「学校では喋らないんでしょ?」
「いやいや。そんな事一言も言ってないだろ? 許嫁って事を秘密にしておこうってだけだっての――てか、毎日学校でも喋ってるだろ?」
「それじゃ喋らなければバレないし、喋らなきゃいいじゃん」
うわー。冷てー。怒ってんなー。
「あ、はは……。――それ……。ホワイトデーのお返しだよな? 明らかに」
「――コジローには関係ない」
「え? さっきの人にチョコあげたの?」
「あ、あげてないよ!」
焦った声を出して否定してくる。
内心では分かっていたが、本人の口から聞けて安心する。
「じゃあ、なに?」
「――わかんない……」
シオリは包みを見て困惑の声を出す……。
「でも『受け取って欲しい』って……」
「バレンタインチョコもあげてないのにお返し的な?」
「え……」
シオリが引きつった顔を見せる…
そりゃそうだ。チョコレートをあげていない相手からお返しをもらうのなんて、普通に気持ち悪いだろ。
「ま、まぁ……。貰っておいたら?」
「チョコレートをあげていない相手から貰った物何て嫌だよ」
「ごもっともで……」
まともな回答すぎて苦笑いが出てしまう…
そんな表情を彼女に見せながら俺は手を差し出す。
「返してきてやるよ。多分一年だったよな?」
「うん。ネクタイの色がそうだった。――いいの?」
「まぁ本人に返すのは酷すぎるから、その人の友達なり、クラスメイトなりに頼むよ。――だっていやだろ? そんなもん」
コクリと頷いて「じゃあ」と包みをこちらに渡してくるので、俺は「そんじゃ」とブレザーのポケットから掌サイズの長方形の包みを渡す。
「代わりに、本物のホワイトデーのお返し」
「――え?」
シオリは鳩が豆鉄砲を喰らった顔をして驚いた。
「いや、だって、お返しが、頭撫でるだけってのも、その……。な? ――それに、結局、撫でてるのも一回だけしかしてないし?」
言い訳の様な言い回しで言うと、シオリはジッと俺を見て無表情で言ってくる。
「――じゃあ、今撫でて」
「――は?」
「コジローが言ったんでしょ?『いつでも』って」
「い、いや……。言ったけど……。流石にここでは――」
シオリは俺の言葉の途中で彼女の人差し指を俺の唇に当ててくる。
「無駄だよ。言質取ってるんだから」
「言質って……」
「約束破るんだ?」
「――わ、分かったよ! 撫でさしてもらいます」
俺はキョロキョロと辺りを見渡す。
今のところは周りに人はいないみたいだ。
俺は深呼吸をして、シオリの頭を撫でる。
相変わらず触り心地の良い髪。サラサラできめ細かい髪。
同じシャンプーのはずなのに、彼女から漂う髪の香りは高級感がある。
「――も、もう良いよな?」
「ダメ。もう少し」
「は、恥ずかしいんだけど……」
「そう」
どうやらまだ撫でろという訳で、撫でると、シオリの顔はまるでネコが撫でられて気持ちよさそうな顔をしていた。
「――も、もうおしまい!」
流石に恥ずかしくて手を離すとシオリは「しょうがないなぁ」と仕方なしで許してくれる。
「お、俺腹減ってるから行くから」
「あ、私も今日は学食」
「そうなんか。珍しい。いつもコンビニ飯なのに」
「たまにはね。――一緒に食べよ」
「え?」
「なに? 許嫁って事言わなきゃ良いんでしょ?」
さっきと言ってる事が逆なんだけど――。
俺は手をあげて「やれやれ」と大袈裟なジェスチャーをする。
「仕方ないな。一緒に食べてやっても良いぜ」
「そう。それじゃ早く行くよ」
シオリは冷たく言って歩き出す。
つまらん女だ……。
「――ね?」
そんなシオリは立ち止まってこちらを見て、持っていた俺のお返しをみしてくる。
「これ、なに?」
「んー? ま、開けてからのお楽しみって事で――。大した物じゃないけど。気に入らなかったら捨ててくれ」
そう言うと「そんな事しないよ」と言ってにっこり笑ってくれる。
「コジローから貰った物は全部大事にしてるよ。だからこれも例外じゃない」
そう言われて、俺はどんな表情をしているのか……。
外見は分からないけど、心の中は嬉しさで溢れていた。
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