第51話 バレンタイン翌日の学食
バレンタインデーの翌日。
まだ、何となく昨日のフワフワした余韻が残っている様な雰囲気の教室に入る。
例年であればルーザーの様に肩身を狭くして入る教室であるが、今年は一個貰えた事による優越感に浸りながら入る事が出来た。
そんな昼休み。
いつものバレンタインデー翌日と様子が違う事に気が付いていた冬馬が学食で少し呆れた様な顔をして聞いてくる。
「貰えたのか?」
本日も飽きずに学食の蕎麦を眼鏡を曇らせながら聞いてくる冬馬に俺は「さてねー」とはぐらかす様にうどんをすする。
「顔に書いてあるぞ? 貰ったってな」
そう言われて無意識に頬に手を持っていく。
「なっはっはっ。バレてぇら」
「何か……今日のお前うざいな……」
「何とでも言いたまえ。今の俺は仏様より仏様だから。ハイパー仏モード突入中よ」
「チョコレート一つでそうなるとは……。単純というか素直というか……」
「お前には分からないだろうな? 毎年毎年貰ってる。ま、質より量のお前と違い、こちらは量より質だ。一撃が違う」
「面倒くさ」
そう言って冬馬が曇った眼鏡を気にせずに蕎麦をすする。
「冬馬も色々な女の子から貰ったんだろ?」
聞くと冬馬は一瞬だけ苦い顔をして、眼鏡をクイっとして「まぁ……」と歯切り悪く答える。
「今年は何個貰ったんだよ?」
「あー……。三つかな……」
「ほほぅ」
その内の一つは四条からだとして、残り二つは誰から貰ったのだろと考えていると、汁を飲み干した冬馬が眼鏡を拭きながら言ってくる。
「お前も貰った立場なら『ホワイトデー』のお返し、考えないとな」
「ホワイト……デー……」
聞いた事がある。
バレンタインを貰った勇者のみに発生するイベントだ。
何でも倍返しが相場で、倍返しじゃない場合、その翌年のバレンタインデーにはチョコレートが貰えないというあれだ。
「俺にもようやくお返しが出来る時がきたのだな」
「嬉しそうだな……。あんなのこちらからするとひたすらに面倒なだけだぞ?」
「馬鹿野郎。そんな事全然面倒に入らねーよ」
「もうアテはあるのか? 冷徹無双の天使様に渡す」
「ない」
「――ふむ……」
冬馬は眼鏡をクイっと上げると聞いてくる。
「彼女は何が好きなんだろうな?」
言われて、俺もうどんの汁を飲み干すと、椅子に深く腰掛けて「さてなー」と軽く困惑の声を出す。
「家じゃヘッドホンしながら読書してばっかだからなー」
「家?」
「あ……」
まずい……。つい、油断して言ってしまった。
「――あー……。そう聞いたからさー」
「ふむ……」
冬馬が怪しむ様に見てくるのを何とか冷静を装い耐える。
「結構メッセージのやり取りしてるのか?」
「メッセージ?」
「いや、単純に許嫁だったらメッセージのやり取りとかどうなのかな? ――と……。ほら、恋人ならほぼ毎日やり取りしたり、片想いなら計算しながらとか――っていうのは聞くからな。許嫁はどうなのだろうと」
「あ、あー」
何とか、話題が逸れてくれて、俺は安堵の声を出して答える。
「そ、そんなに頻繁にはしてないんじゃないかな?」
「何で疑問形?」
「い、いや、他と比べられないからな。許嫁のいる奴なんて周りにいないし」
「それもそうだ」
冬馬は軽く笑うと次の質問をしてくる。
「――それで? お前的にどうなんだ?」
「どうって?」
「許嫁の事だよ。好きなのか?」
そう聞かれて俺の心臓が少しだけ早くなる。
「な、なんで?」
「お前から聞いたのは『親が勝手に決めた』って事位か……。小次郎自身の彼女への気持ちを聞けてなかったな」
「ど、どうしたよ? いきなり恋バナみたいな事言い出して……」
質問に答えずにそう返すと眼鏡をクイっとして「質問に答えて欲しいな」と言われてしまう。
「チョコレートを貰って大層嬉しそうにしているし、お返しも面倒じゃない。――そもそも、あれほどの美少女と許嫁なんて意識しないはず無いと思うが?」
「えー……。いやー……」
頭を掻きながらいきなりの事に困っていると「どうなんだ?」と強めに聞いてくる。
こうなると、冬馬は俺が答えるまで逃さないので、軽くシオリの事を考える。
今までずっと無表情だった子の事を少しずつ理解してきて、ちょっとずつ色々な表情を見してくれている。
家に帰れば夕飯を作ってくれるし、その他の家事もやってくれている。
誕生日もクリスマスもお正月も共に過ごして、初めてチョコレートをくれた相手――。
「――すまない小次郎。困らせてしまって……」
考えていると冬馬が謝ってきたので、どうやら答える義務は無さそうなのにホッとした。
「何かあったのか?」
聞くと冬馬は少し驚いた顔をしたので笑って言ってやる。
「お前が恋バナするなんて中学の頃じゃ考えられないからな」
もしかしたら四条と何かあったのかな? そういう系統の話が出ると思ったが冬馬は少し寂しそうな顔をした。
「すまない……。今は……何も……」
首を横に振りながら小さく答える。
「うん。そうか。――そろそろ行くか。食べ終わったのにダラダラいても仕方ないからな」
「――聞かないのか?」
「また、お前が話したくなったら言ってくれ」
そう言うと「ありがとう」と言ってくる。
「小次郎の恋愛話も落ち着いたら聞いてやる」
「上からだなー。――はは。そん時はまた頼む」
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