第36話 許嫁と二年参り

 年越し蕎麦を食べ終えた俺達は夜も深くなってきている大晦日の電車に乗り込んだ。


 流石は大晦日という事もあり、普段ならもっと少ない乗車人数のはずなのに昼間に電車に乗る位の人の数はいた。


 そして、この時間なのに振袖を着ている気合いの入った人もおり、凄いな、綺麗だな、という単純な感想が生まれてくる。


 満員ではないが、座る席が無い俺達はドア側の端っこに立つ事になった。


「そういや、出かける時いつもヘッドホン首にかけてるよな?」


 ふと、疑問に思った事を聞くとシオリはヘッドホンに手を置いて答える。


「これは私の身体の一部」


 言いながらシオリはこちらを見ずに答える。


「大事な物って事?」

「そういう事」


 簡単に答えてはくれるがこちらに視線は送ってくれない。


「いつも何聴いてんの?」

「内緒」


 今度は答えてもくれずに、やはり視線は違う所を見たまんまだ。


 そこで俺は彼女の視線の先を見てみる。

 

 どうやら振袖の人の姿を見ていた様である。


「おいおいシオリ。あんまり人をジロジロ見るのはよろしくないぜ」


 見られる人からしたら良い印象を持たないだろうから、軽く注意すると「あ……」と視線を窓の外に向ける。

 窓の外に向けても真っ暗で外の景色なんて見えないから、反射的行動なのだろう。


「シオリは振袖とか着た事あんの?」


 軽く思った事を聞いてみる。


「ない」


 なるほどな。もしかしたら着てみたいとか思ってるのかな?


「この時間にレンタルとかやってないだろうな……」


 思ってた言葉が漏れてしまい、俺の言葉にシオリが反応する。


「別に着たくない」


 まるで思春期反抗期男子が親に言うみたいにわかりやすい否定に笑いそうになって「そっか」と小さく笑って答えてしまう。


「何で笑ってるの?」

「別に」


 からかい半分でシオリの真似をして言ってやると「ムカつく」と怒った様な声を出す。


 それと同時に『次は〜〜』と車掌さんのアナウンスが流れてくる。


「ほら、気持ち悪い笑い浮かべてないで行くよ」

「気持ち悪いとは心外だな」







 駅から歩いて参道を通る。意外というか、当然というか――結構な人が神社を目指して歩いていた。


 参道には出店が出ており、まるで夏祭りを連想とさせるので気分が高揚する。

 シオリも心なしか楽しそうに歩いているのが伺えた。


「――うはぁ……。人多いな」


 参道の方でも結構な人の数が確認出来たが、鳥居の前に着いた頃にはかなりの数の人が確認出来た。

 流石は有名神社。流石は大晦日というべき事だろう。


「今って何時だろう?」

「十二時ちょっと前」


 丁度スマホを見ていたシオリがパッと答えてくれる。


「うお。もうそんな時間か。本堂の方に行こうぜ」

「うん」


 近くに寺でもあるのか、ここまで除夜の鐘の音が聞こえてきた。

 除夜の鐘が鳴り響く中、俺達は人の流れに沿って本堂へと足を運んだ。




 本堂に到着すると、鳥居にいた人数とは比べ物にならない程の人の数がいた。

 人でごった返している光景はまるで遊園地のアトラクションを待っているかの様な人混みだ。

 深夜という事もあり、振袖姿の人は見当たらなかった。レアケースの人だったのかな?


「もうすぐ今年も終わるね」

「ああ……」


 しみじみと言ってくるシオリの言葉に俺は軽く今年を振り返った。


 今年は色々と変化の年と言える一年であった。


 受験、進学、新生活――それよりもインパクトがあったのはやっぱりシオリがいきなり許嫁を名乗ってウチにやって来た事だ。


 許嫁かどうとかは置いといて、冷徹無双の天使様と呼ばれるシオリとの生活はどうなる事かと思ったが案外慣れる物だな。


 そういえば……最近は忘れていたが、シオリは結局の所どう思っているのだろうか?

 最初来た時、そう言うのには興味なさそうな感じを出されて困惑したな。

 一応、許嫁として居候している身だし……。もし、このまま行けば結婚? 付き合ってもないのに?

 

「――なに?」


 ついシオリを見つめてしまうと、こちらの視線に気が付いて首を傾げれる。


「んにゃ……」


 何もないと呟いて今年最後の夜空を見上げた。


 ――ま、今はこの生活も悪くないから、別に無理に掘り返さなくても良いか。


 この件を考えるのは親が帰って来てからでも遅くないだろう。


 今年は日本に帰るのが難しかったらしい。

 

 帰ってきたら色々ガツンと言ってやる。


『ジュー!! キュー!!』


 今年を振り返っているとカウントダウンが始まった。


「こ、コジロー! やばい!」

「何が?」

「今年が終わっちゃう」


 何故かシオリはアタフタとし出す。


『――ナナー!!』


 始まったら終わらないカウントダウン。


「俺らもこの波に乗るしかないだろ」

「良い波乗ってんね」

「それ意味合ってんのか?」


 俺のツッコミはカウントダウンにかき消されてしまう。


「――イチー!!」と俺とシオリの高揚の声が重なると――。




 ドンドンドンドン!!




 何処からか和太鼓の音が響き渡った。


「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


 和太鼓をBGMにシオリに頭を軽く下げて新年の挨拶をする。


「あけましておめでとうございます。こちらこそ昨年はお世話になりました。今年もどうぞよろしくお願い致します」


 シオリは気持ち、俺よりも深く頭を下げて新年の挨拶をしてくれた。


 シオリのくせに棒読みじゃない長文とは……流石は元旦であるな。


「それじゃあ賽銭行こ」


 頭を上げたシオリが言うので「おう」と答えて、俺達は長蛇の列を並ぶ事になった。




「――ようやく来たか」


 長蛇の列にならぶ事数十分。順番がやって来る。


「ここまで長い道のりだった」

「だなー。――そういや、シオリは作法は知ってるのか?」


 言うとスマホを見してきて「バッチリ」とドヤ顔をしてくる。どうやら並んでいる時に勉強していたみたいだな。


 俺もうろ覚えだが、何となく正しい作法を知っているので自分の知識を使って参拝に挑む。


 確か――。


 まずは一礼。頭を下げてお辞儀をする。


 そしてお賽銭をして鐘を鳴らす。


 そこからニ拝ニ拍手一拝をする。


 深く頭を二回下げてから、二回手を叩いて、心を込めて祈る。


 ――今年は良いバイトが見つかります様に……。後……この生活が良い感じで続きます様に……。


 そしたら深く一礼して参拝終了。


 チラリと横をむくとシオリは熱心にお願い事をしているみたいだ。


 少しだけ待つと、ようやく願いを言い終えたみたいで、シオリは深々と頭を下げた。


「後ろが詰まってるし、さっさと行くか」

「あ、うん」







 朝まで動いている元旦特別深夜電車に乗り込む。


 大晦日と違って、元旦の深夜列車に乗り込んだ人の数はまばらであった。

 世間の人達は、まだどこかでハッピーニューイヤーをお祝いしているのだろうか。


「どうだった? 初二年参り」


 座席に座れたので、隣に座るシオリに問いかけると「非常に良かった」と少し眠そうな声を出す。


 そんな事を語る俺も少し眠い。先程、神社で配っていた甘酒を飲んで身体がポカポカになり眠気がやって来ていた。


「コジローは?」

「うん。良かったな。風情があってめっちゃ良かった」

「来年も行く?」

「そうだなぁ……」


 行くか――と、答えようとしたら遠くの空が綺麗に光った。


「花火?」


 遠くに咲く花火を見つめながらシオリが呟いた。


「あー。もしかしたらテーマパークでのカウントダウンかな? それの残り的な?」

「なにそれ面白そう」


 シオリは眠そうな瞳を輝かせて花火を見つめていた。


「来年はそこでも良いかもな。面白そうだし」


 そう言うと、シオリはマウントを取った様な顔をしてくる。


「行ってあげても良いよ?」

「ははっ。上からだなー。ま、チケットが取れたらな」

「あ、そっか……チケットか……」


 呟きながら咲き乱れる元旦の花火を再度見つめ直す。


「――そういや、神社で熱心にお願いしてたみたいだけど、何願ってたんだ?」


 聞くとシオリはこちらを見て来る。


 そして人差し指を口元に持っていき軽く笑って言ってのける。


「秘密」

「――なんだよ。教えろよー。俺のも教えるからさー」

「いや、いいよ。どうせくだらないお願いでしょ?」


 笑いながら言われてしまう。


「くだらないとはなんだ。くだらないとは」

「だって所詮コジローだし」

「なにをー!」


 俺の言葉を無視してシオリは窓の外をまた見てしまった。

 どうやら俺と喋るより花火らしい。


「――コジロー……」


 こちらを向かずにシオリが声を出すので「ん?」と反応すると、振り返ってくる。


「今年もよろしくね」


 先程、神社で言ってくれたけど、改めて言われて「こちらこそ」と返しておいた。

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