第22話 許嫁を隠し通せ
「シオリ! 冬馬が来る! 隠れてくれ!」
冬馬との電話を切った後、俺はまるで浮気相手を家に上げている時に彼女が家にやってくるどちくしょう野朗みたいな言い方でシオリに言ってのける。
「どうして?」
「冬馬には許嫁って事は言ってあるけど、シオリが居候してる事は言ってないんだよ」
「そう」
そうて……。反応薄いな。
「この際だから言ったら?」
「あいつの事だ。言ったら面白がって嫌な絡み方してくるから面倒なんだよ」
「でも、隠れるってどこに?」
「――すぅ……。それは……」
広めの1LDKと言っても所詮は一人暮らし用の家。かくれんぼする為に設計されていないので手頃な隠れ場所はない。
考えていると、何回か冬馬が家に来た時の事を思い出す。
「寝室――あいつ、寝室には入らないから寝室にいてくれ」
「分かった」
俺の心境とは真逆で淡々と教科書とノートを持って寝室に入って行くシオリ。
そんなシオリが寝室に入ると同時にピンポーンとインターホンが部屋に鳴り響いた。
心の中で、ふぅ、と溜息を吐いて「あいあーい」と玄関までやってくる。
ドアを開けると見慣れた私服姿の冬馬が「悪いな。土産」と言いながらコンビニの袋を俺に見せてくれる。
そこでふと視線を下に向けるとドキッと心臓が跳ねた。
やばい……。シオリの靴出しっぱだ……。
「――う、うっふょおおお! 土産うれしいい!」
俺は冬馬からコンビニ袋をかっさらうと高く持ち上げる。
「やっべ! コーラだ! やべえええ!」
「お、おおう……。今日はどうした?」
「いやー糖分足りてなかったんだよ! えっぐ! 冬馬まじ神!」
そう言うと眼鏡をクイッとして「当然だ」と言ってくる。
「さ、ささ。上がってくれ! 神よ!」
言いながら俺はしゃがみ込み、シオリの靴が視界に入らない様に調整する。
「悪くないだろう」
冬馬は嬉しそうに靴を脱いでリビングへ向かう。
どうやら誤魔化せた様だ。俺は素早くシオリの靴を靴箱に入れておく。
「そういえば、さっき電話で奇声を上げてたけどどうした? Gでも出たか?」
「あ、あれは――」
リビングに入り、ソファー側の近くにある壁取り付け式のコートラックにシオリの制服と鞄がかけてあるのに気が付いて俺はゾッとした。
「あああ――アイアンクロー!!」
そう言って俺は冬馬の眼鏡を奪う。
こいつは視力が悪いので眼鏡を外したらほとんど見えない。
「あ! 小次郎! 何すんだ!」
そんな冬馬を他所に、俺は素早くシオリの制服と鞄を取り、まるでプロ野球選手のショートの様に素早いスローイングの如くソファーの下に投げ入れる。
ごめんシオリ。後でクリーニング代出すから!
そして事が済んだので眼鏡をご返却。
「いやー。やっぱり漫画みたいに目が3にならないな。やはり美男子は美男子ってか? よっ! 神っ!」
「――なんか今日の小次郎のテンションおかしいぞ?」
「あ、あれかな? テスト勉強で疲れた的な?」
あははー。と苦笑いを浮かべて頭を掻くと冬馬は俺を怪しむ様に眼鏡をクイッとしてくる。
「それより、ほら。勉強しようぜ。勉強」
俺はダイニングテーブルの椅子を引いて冬馬を座らそうとすると自信満々に言ってくる。
「言ったろ? 今日は現実逃避しに来たって」
「お前はどうしてそんなカッコいい形して言い切れるんだ?」
「ふっ。もう良いんだ……。――小次郎ももう良いんだろ?」
「お前とは意味が違うがな。俺はこれ以上はやる意味がないな」
そう言うと眼鏡を光らせて「俺も言ってみたい台詞だ」と言ってくる。
「それじゃウイイレかプロスピしようぜ」
ウイイレ――ウィナーズイレブンの略。本格サッカーゲーム。
プロスピ――プロ野球スピードの略。本格野球ゲーム。
普段は冬馬とオンラインでRPGやらアクションやらもするが家に来るとこの二択になる。オンラインでは無く、友達と家でやるスポーツゲームはやけに盛り上がる。
♢
「――ありがとう。良い現実逃避だった」
「はは。帰ったら勉強しろよ?」
「善処する」
眼鏡を曇らせてクイッとすると冬馬は帰って行った。
玄関のドアが閉まると「ふぅー」と溜息が出る。
なんとか誤魔化せたな。うん。イケたイケた。まじで寝室見られなくて良かった。
現実逃避をすると言っていたからワンチャン泊まって行くとか言い出すのかと思ったが、流石にそこまではせずに夕方近くになったら帰ってくれた。
友達を邪険に扱ってしまった罪悪感が少しあったが、まぁ許せ親友よ。
そう思いながら、リビングへ行き先程華麗にさばいた制服と鞄をソファーの下から取り出した。
本当にごめんなさい。と思いながら二つのアイテムを元の場所に戻すと、パタンと鞄の方から何かが落ちてきた。
「――ん? 学生証か」
鞄のポケットに入れていたのであろう学生証が開いた状態で落ちたのでそのまま拾い上げる。
「学生証なんて持ち歩いているんだな。俺のは何処にいったのやら……」
言いながら開いたまま拾い上げてしまったものだから、そのページが目に入ってしまう。
個人情報だからジロジロ見るのはダメなのだが、そこのページに書かれていたある数字から目が離せなかった。
「――シオリ……来週誕生日なのかよ……」
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