第20話 許嫁は時間差で言ってくる

 教えてもらった通りに中庭に行くと目的の人物が二人、撮影らしき事をしていた。


 冬馬がビデオカメラを持ち、四条が噴水の前で立っている。


 俺達が近づくと四条がこちらに気が付いて手を大きく振ってくれた。それに気が付いた冬馬が後ろを振り向く。


「よっ。やってるな」


 手を上げながら、こちらを振り返る冬馬に近づくと彼は構えていたカメラを下ろした。


「小次郎。それに七瀬川さんも。どうした?」


 俺達二人をそれぞれ見て不思議そうに聞いてくる。


「ああ。今ちょっとだけ時間良い?」

「それは全然大丈夫だが……。珍しいな。放課後は真っ直ぐ帰るお前がこの時間にこんな所まで」

「ま、用があるのはシオリの方で、しかも四条にだけどな」

「純恋に?」


 冬馬は「ふむ……」と声を漏らして「純恋!」と四条を手招きした。


 その声に反応した彼女は首を傾げてこちらに可愛らしく駆け寄ってくる。


「どうしたの?」

「七瀬川さんが純恋に用があるらしい」


 冬馬が親指でシオリを差すと四条がそちらを向く。


「あたしに? ――どうしたの?」


 何の用件か皆目見当付かないと言わんばかりの表情で四条が首を傾げ、シオリに尋ねる。

 シオリは少しだけ切り出しにくそうにしていた。

 ちょっとだけ時間経ったし、第三者の目もあれば言い出しにくいってもんだ。


「冬馬。ちょっと席外してもらっていいか?」

「ん。分かっ――。ちょっと待った!」


 俺が冬馬と共にその場を去ろうとすると、珍しく彼が大きな声を放ちビデオカメラを構える。


「なるほど……。二人の天使をカメラに収めるとこんなえにも映えるのか! ――二人共っ! もっとこっちを見てくれ!」


 そんな冬馬の声に四条は引きつった顔をしており、シオリは相変わらず無表情であった。


「冬馬……。お前変わったな……。中学の時はそんなキャラじゃ無かったのに」

「人間は変化し成長する生き物だ。俺もカメラを持って変われたという訳だな」

「それは良い事だ。非常にな……。でも二人は大事な話があるから後にしようなー」


 俺は冬馬の首根っこを掴み引きずる。


「あっ! 待てっ! ロリコン変態野郎! まだ――」

「誰がロリコン変態野郎じゃい! 鏡持って来て今の自分の姿見んかいっ! ――あ! ごめんごめん。話続けてー」


 そう言って俺は自販機の所まで冬馬を連れ出した。







「――わりぃな。部活動中に邪魔して」


 中庭の自販機の所までやってきて、そこに設置されているベンチに腰掛ける。


 冬馬には軽く、何でシオリが四条に用があるのかを伝えておいた。

 部活動の邪魔をされているんだ、こいつには知る権利があるだろう。

 それと部活の邪魔した気持ちばかりの缶ジュースを奢ってやる。

 流石は付き合いが長いだけあって何の遠慮もなく、高い缶ジュースを買いやがった。


「それは構わない」


 冬馬はベンチに座らずに立ったまま言ってくれる。


「新入生用の撮影だっけ?」

「ああ。四人しかいない映画研究部だ。悲しいが、こういう活動しか出来ないんだよ。映画を撮るには役者がいなさすぎる」

「それもそうか。――てか、映画研究部って映画を作るんだな」

「映画鑑賞もして互いに感想を言い合ったりもするぞ」

「ふぅん……。色々やってんだな」


 感心しながらジュースを飲むと「――で?」と冬馬が問いただしてくる。


「お前は冷徹無双の許嫁と学内デートか?」


 冬馬を見るとニヤリとした顔で言ってくる。


「冷徹無双の許嫁て……。てか、さっきも説明したけどデートじゃなくて単純に付き添いだよ」

「付き添いねぇ」


 含みのある言い方でジュースを飲んだ後に俺に言ってくる。


「何か言いたげだな」

「いや……。別に」


 グググっと眼鏡を上げる。


「なんだよ。何か言いたいなら言えよ」


 言うと冬馬をこちらを見て眼鏡をグイッと上げる。


「ふむ……。じゃあ言わせてもらうがさっき小次郎は俺に変わったと言ったよな」

「ああ。言ったな」

「それは小次郎もじゃないのか?」

「え? そう?」


 聞くと冬馬は眼鏡をクイッとする。


「お前はそこまでお節介な奴じゃない。あまり他人には干渉しないタイプだ。そんなタイプの人間が、他人がお礼を言う為だけに放課後の貴重な時間を割くなんて中学の頃じゃ考えられないな」


 そう言われて「ああ……。まぁ確かにな……」と納得してしまう。


「それがどういう意味なのかと思ってな」


 含みのある笑いを浮かべる冬馬。その笑みの意味を何となく察する事は出来るのだが……。


 そんな彼を他所に噴水の所にいる二人の天使の内、クールな方の天使を見つめる。


「どういう意味なんだろうな」


 出た言葉はそれだった。

 それは自分でも分からなかったからだ。

 単純にシオリが可愛い女の子だから、男の本能的に頼られて嬉しかったからなのか、何となく暇だし気分的だったのか。ただ言えるのはそこに深い理由なんて無いという事。


 俺の言葉に「ふっ」と、鼻で笑ってくるので俺も冬馬みたいに含みのある笑みをしてやる。


「そう言うお前こそ慈愛都雅の天使様と部活と言う名の放課後デートじゃねぇかよ」


 からかう様に言ってやると「はは」と乾いた笑いをされてしまう。


「何を言っている。俺達は健全な部活動だよ」


 あり? 今朝いじった時は動揺してたのに、もう免疫が付いたのか?

 くそー。いじりがいのない奴だ。


「ま、何にせよ気を付けるこった。許嫁だろうがなんだろうが、七瀬川さんと一緒の所を見られたら敵に回す奴が多いって事だ」

「おいおい。脅してくんなよー」

「ははっ。事実を言ったまでだ」


 冬馬は空になった缶をゴミに捨てると噴水の方へ向かって行った。


 あちらも話が終わったみたいで、シオリがこちらに歩いてやって来る。

 すれ違い様に冬馬と一言、二言交わしていた。


 冬馬と四条はそのまま中庭から校舎の方に向かって歩いて行く。

 その時、四条と目が合い、手を振ってくれたので、こちらも手を小さく振り返しておく。


「――ちゃんと礼は言えたか?」


 シオリが俺の目の前に立つので聞いてやると「言えた」と答えてくる。


「ん。じゃあもう俺は用無しだな」


 俺は立ち上がり空になったジュースの缶をゴミ箱に捨てる。


「先帰っとくわ。鍵は閉めとくからな」


 そう言い残して帰ろうとすると、服の袖を掴まれてしまう。


「まだ用無しじゃない」

「ん? 四条に礼言ったんだろ?」

「渾身のお礼をおみまいした」

「その表現はどうなんだ? ――他に何かまだ用があるのか?」


 問うとシオリは顔を逸らして小さく「あの……その……」と言葉を選んだいる様子だった。


「コジロー……」

「ん?」


 俺の名前を呼ぶと意を決したかの様にこちらを見てくる。


「お昼は助けてくれてありがとう。次も助けてくれるって言ってくれて凄く嬉しかったよ」


 シオリは俺に礼を言いながら――微笑んだ。


 初めて見るシオリの微笑んだ表情に俺の心臓は高鳴った。


「さ、先に帰るね」


 シオリは顔を赤く染めてその場を早足で去って行った。


 微笑んだシオリの顔が可愛すぎて頭から離れなかったのは内緒の話だ。

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