第13話 許嫁と爽やかな朝

「――きて……」


 声が聞こえる。

 これが夢なのか現実なのかの区別が付かない。


「――起きて……」


 透き通る様な綺麗な声はまるで天使の声の様に儚く俺の脳内に響いてきた。

 何度でも聞いていたい声。だからもう一度声をかけて欲しい。そう願う。


「起きてコジロー」


 何と、願いは叶い、しかも名前付きで呼ばれる。


 そして俺は天使の声へ導かれるままに瞳を開けた。


「――まじで天使がいた……」

「なに?」


 俺の本音の言葉に無表情で聞かれてしまう。


「あ、いや……なんでも……」

「もう七時半。起きて。朝ごはん出来てるから」


 そう言い残して寝室を出て行くシオリ。


 いつもなら二度寝してしまう寝起きだが、目の前に天使の様に美しい女性を見て目が覚めてしまった。


「流石は天使。一介の人間如きを覚醒させる位容易い事か……」


 しかし、頼んでもないのに起こしてくれるなんて優しいな。

 しかも、これほどお目々パッチリになるのなら今後からシオリに甘えても良いのかも知れない。

 ――良いよな? 居候なんだし。


 俺はベッドから起き上がり制服に着替える事にする。




 制服に着替えて排尿かまして、気持ち良く朝ごはんを食べようと思いトイレに入る。


「……」


 言葉にならなかった。


 何故か? だって天使様が用を足しているから。


 お互い見つめ合っていると天使様から何の感情も感じられない言葉が投げられた。


「なに?」

「いや、何故か俺は冷静なんだ。なんでだろう。こういうイベントが遅かれ早かれ来ると信じていたからだろうな」

「そう」

「言い訳をしよう。この家のトイレには鍵が無いんだ。何故か? はは。一人用のマンションのトイレに鍵なんて必要ないじゃないか。来客が来たらどうするか? そんなもの一言『トイレ行く』と言えば済む話さ。じゃあ何でこんな事になったかって? そりゃ俺とシオリの意思疎通が上手く行かなかったからだろ。今後の課題だな。うん」


 人間、自分の失態を晒すと言葉数が多くなってしまうよね。


「トイレを見られるのは恥ずかしい」

「裸とどっちが恥ずかしい?」

「こっち」

「そっか……」


 俺は静かにトイレのドアを閉める。




 うおおおおおお! おさまれええええええ! おさまるんだあああああああ! 俺の一物うううううう! これで反応したら俺はスカ○ロ野朗じゃねえかああああああ!




 でも、シオリの奴、裸よりこっち見られた方が恥ずかしいとか言ってたな……。何かエロいな……。




 俺は何を聞いてんだあああああああ!? 何が「どっちの方が恥ずかしい?」だよ! ど変態じゃねえかよ! 


 うおおおおおお! 


 こんなん余裕でシコネタじゃんかよ!

 ダメだ! 俺はまだ目覚めん! 俺はそっちにはまだ目覚めないぞ!! 俺はスタンダードエロを追求するんだ! スタンダードが良い! 普通の! 普通のんが良いんだあああああああ!




「コジロー」

「――ひっ!」


 トイレから出てきたシオリが俺を見てくる。その顔は――生ゴミを見る目だった。


 あ、君……そんな顔も出来るんだ。


「次はない……」

「ひぃぃ」


 俺は何をされるのだろうか。俺を見つめる目がマジだった。







「――あのぉ……シオリさん?」


 先程の表情から一転、無表情で朝ごはんを食べているシオリに問いかける。

 ダイニングテーブルに並べられたのは昨日の宣言通りにシオリが作ってくれた朝ごはんだ。


「こ、これは何でしょう?」


 テーブルに置いてある黒い物体Aを指差して問いかける。


「数分前まで『パン』と呼ばれていた」

「ふむ。じゃあこれは?」


 黒い物体Bに対して指を差す。


「数分前まで『たまご』と呼ばれていた」

「ほほう。これは?」


 黒い物体Cを指差す。


「数分前まで『コーンスープ』と呼ばれていた」

「おかしいだろっ!」


 俺はすぐ様ツッコミを入れてしまう。


「パンとかたまご焼きなら百歩譲って失敗したのは分かるけど『インスタント』のコーンスープ失敗して黒くなるって何!?」

「ガタガタ抜かさず早よ食べろ。ス○トロ野朗」

「お前気にしてる事言いやがったなこの野郎! そんなんこれの方がスカト○じゃねぇかよ! どんなプレイだ!? ああん!?」

「つべこべ言わず食べる!」


 そう言ってシオリは黒い物体Aを俺に押し込んでくる。


「――ぐもぉ!? ――もぐ……もぐ……」


 ゴクン。


「――何これ……めっちゃ美味い」

「言ったはず。料理は得意分野だと」

「え? どういう事?」


 もう一度確かめる為に『パン』と呼ばれていた物体を口に運ぶ。


「え? え? くそ美味い。なんで?」


 疑問に思いながらたまご焼きを口にする。


「は? うまっ! なに? なにこれ。うますぎる」

「当然。私が作ったから」


 幸せな気分だ。見た目は○カトロなのに味は俺を天国に誘ってくれるかの様に美味しい。見た目は○スカトロ○だけど。


 そんな幸せな朝をシメのコーンスープで飲み干そうとしてシオリのコーンスープを飲む――。


「――ぶうううううう!」


 俺は勢い良くコーンスープを吐き出してその場で倒れてしまう。


「なんで……コーンスープはちゃんと不味いんだよ……」


 悲しみの声と共に、何故インスタントが一番不味いのか理解不能のまま俺は気絶してしまった。

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