第24話 人類の大ピンチ
正午にラックスマンは覚醒した。
「うう、腹減った……」というのが、彼の第一声であった。
「おまえ、衰弱してんなぁ。ゾンビみてーだぞ」
ロンドンが水筒を渡しながら言った。飯食いに行くか、と誘ったらラックスマンはこくこくうなずいた。
二人は王城にほど近い安くて流行っている「大盛亭」という食堂に行った。
ラックスマンの食欲はものすごかった。消耗しきった体力をいちどきに回復しようとするかのように、焼いた豚、茹でた豚、蒸した豚、炒めた豚、焦がした豚、千切りキャベツ、ロールキャベツ、塩漬けキャベツ、パリパリキャベツなどをむさぼり食った。
弱りきった体にいきなり詰め込むのはよくない、などという一般論は彼には通用しなかった。食いだめは、彼の特技の一つなのだ。ロンドンはそれを承知していたので、ラックスマンが満腹するのをキャベツ酒片手にのんびりと待っていた。
「ふうー、食った食った」
一時間後、ラックスマンははちきれんばかりに膨らんだ腹を撫で、げっぷをした。
「相変わらず化け物だな、おまえの胃は」
「おれは胃を二つ持っているからな、ガハハハハ」
彼は豪快に笑った。
「ところで、遊子高原のことなんだが」
ラックスマンは話したくてしょうがないといった感じで、ずいっと顔を突き出した。
「ああ、どうだった?」
なんとなく乗らない声でロンドンが訊く。
「すっげー光景だったぜ! このおれが震えたよ。あんなインパクトのある怖いもんは見たことがねえ。おれは世界が豚に食い尽くされるかと思ったね」
ラックスマンは遊子高原の状況をつぶさに語った。
「ブダペストそのものに匹敵するようなでっけえ豚の塊が土煙を上げてずがんずがんと進んでいくんだ。大地の行進、自然の怒りここに爆発ってな感じでな。いにしえの原子爆弾もかくやって思ったぜ。あと一か月余りでやつらはこのあたりにやってくる筈だ。なんとかしねえとこの国は終わりだぜ」
人類の大ピンチだ、と彼は付け加えた。
しかし、ラックスマンの熱気を帯びた舌鋒に、いまいちロンドンは乗ってこないのである。「あ、そう」てな顔で聞いている。
ラックスマンはその反応の弱さにだんだんむかついてきた。
「おいっ、ロンドンてめえ何考えてんだ? このおれが飯も食わねえでかけつけてきたってのに冷てえじゃねえか! おらぁおめえがよしっ、じゃあ早速豚王に話つけてやるぜってガツンと言ってくれると思ってたぜ。どうしたってんだよ?」
「あのな、悪いけど今それどころじゃねえんだよ」
ロンドンはラックスマンの目から視線をはずして、そっけなく言った。
「おれはブダペストから離れようと思ってるんだ」
「なんだとっ、てめえ!」
ラックスマンは椅子を弾き飛ばして立ち上がり、ロンドンの襟首をつかまえた。
「逃げる気か? そうはさせねえぞ!」
店中の人が、いっせいに二人を見た。
「気やすく人の首を絞めるんじゃねえ! 豚なんかにかまってられねえ事情ができちまったんだよ!」
「ざけんじゃねえ! こっちは他人のため人類のために命張って旅してきたんだ。おめえの事情なんざ聞いちゃいられねえ!」
「聞きたくなけりゃ聞かなくていい。おれは暗殺されるかもしれないんだ。豚の相手なんかしちゃいられねえんだよ」
ロンドンは彼らしくもなく思いつめた表情になっていた。ちょっとこいつ普通じゃねえ、とラックスマンは気づき、倒れた椅子を元に戻して、どっか、と腰を下ろした。
「暗殺だと? おめえなんかやったのか」
彼は聞き耳を立てる周囲の客を気にして、小声で問いただした。
「別に何も……。ちょっと女のことでな。やばい恋に落ちちまったんだよ」
ラックスマンは不機嫌に顔を歪ませ、酒、と一言叫んだ。
運ばれてきたキャベツ酒をぐいっと飲み、彼は説得を再開した。
「なぁロンドン、おめえがどんな女に惚れたか知らねえが、そいつは男が一大発奮して国を、世界を救おうとするのを止めるような嫌な女なのか?」
「ああ、きまぐれでわがままで変な女だよ。でも惚れちまったもんは仕方ねえ」
ロンドンが赤面しながら言った。本当は照れ屋で、死んでも自分の恋愛話なんてしたくないという性格の彼である。これはよくよくのことだ、とはラックスマンにも伝わった。
「わかった、もう頼まねえ! おれが豚王に直訴する。おめえは女といちゃついてな」
男・ラックスマンはスパッと決断した。それを聞いて、ロンドンは急に心配になってきた。
「おい、直訴っておまえ、豚王がどんな男か知ってるのか? いきなり会って豚王軍を動かしてくれなんて言ったら、まちがいなく殺されるぞ」
「そんなことぐれぇわかってらぁ。だから豚王とパイプのあるおめえに頼ろうと思ったんだ。でもまぁおまえがそんな有り様じゃあな。おれが直接言った方が説得力があるってもんよ」
「う……」
ロンドンは負けた、と思った。
「わかった。おれが言う。おれが豚王を説得するよ! いくらなんでもおまえが縛り首にされるのは見たくない」
「そうか?」
ラックスマンはニカッと笑った。
「よぉし、それでこそロンドンだ! まかせたぜ!」
「この疫病神め」
ロンドンは苦笑した。
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