第20話 めのうの幽霊

 しかし、こりゃあちょっと面白いよな。

 彼は最初の恐怖から立ち直り、持ち前の好奇心を復活させて、白い影を観察した。

 確かに、キャベツ姫と似てる。白い気体で姫の像をつくったらああなるだろう。ほんとに、この子は母親似なんだ。

 白い影はすうーっと空中を浮遊してめのう陵を離れていく。

「追っかけましょう、姫。見失っちまう」

 幽霊がどういう行動をするのか確かめたくなって、ロンドンはキャベツ姫にささやいた。彼の態度の変わりようがおかしくて、姫はちょっぴり笑みをこぼした。

「大丈夫、行き先はわかってるわ」

 二人は幽霊の素行調査をするにわか探偵となり、尾行を開始した。

 やっぱり、というべきか、めのうの幽霊の行き先は王城であった。

「まさか、豚王を呪いに?」

 城門をくぐる白い影を追いながら、ロンドンはぞおっとした。

「呪いが通じるような相手ならね」

 キャベツ姫はまたあの暗い瞳になった。

 めのうの幽霊は王城の通路を進み、階段上空をふわふわ漂っていく。あまりに予想どおりに彼女は豚王の寝室の前で止まり、無表情から憤怒の形相に変化した。

 〈壁抜け〉という技を見せ、寝室に入っていく彼女を、ロンドンはさすがは幽霊、やるな、と感心した。

 とたんに「きゃあああっ」というブダペスト大学のマドンナの悲鳴が聞こえてきた。寝室の壁は声を洩らさぬよう特別分厚くつくってある。それをつらぬいて響きわたる悲鳴に、ロンドンは無理もない、と同情した。やってる最中に突然昔のお妃が現れる、これほど恐ろしいシチュエーションはなかなかあるまい。

「毎晩これよ。おとうさんはもうなれっこだから、あ、また来たか、なんてものだけど、女の子はたまったもんじゃないわよ。こんな……最中に……」

 キャベツ姫がぽっと頬を赤らめた。ロンドンはあらら純情、と思って彼女を見た。ちょっと意外な発見をした気がする。かわいーじゃねえか。

 しかし、純情プリンセスは赤面を恥じるかのようにロンドンをきっとねめつけ、再び怒りの鬼姫となった。

「最っ低の男よね。おとうさんは昔の女の嫌がらせってぐらいにしか思ってないのよ。自分がどれだけひどいことをしたかまったく自覚がないんだ! あの男があたしの父親かと思うと自殺したくなるわっ」

 父親が、母親の仇。ロンドンは彼女の狂った家庭事情に同情した。彼はさっきから同情のしっぱなしである。

「おれも、片親なんですよ」

 なぐさめのつもりか、ロンドンがぽつりと言った。

「姫ほど複雑な生い立ちじゃないけどね。おふくろがおれと親父を捨てて家を出たんです」

 それが何、という感じのキャベツ姫にめげず、彼は続ける。

「まだ一つか二つの頃でおふくろの顔すら思い出せないんだけど、置き去りにされてびゃーびゃー泣いていた記憶がかすかにあるんです。でも、おれにとってはおふくろに捨てられたことよりも、無理矢理おれを解体屋にしようとしてた親父に縛られ続けてたらって仮定の方が恐怖ですね。それがやだったから、おれは家出したんです。ほら、よく言うでしょ、親はなくとも子は育つって。おれってその典型なんです」

 キャベツ姫の硬い表情はまだ解けない。

「あたしはそんなの嫌だな。あー、普通の親が欲しい!」

「じゃあ、姫もいっそ家出しちゃえば?」

 どうすれば彼女の機嫌が直るのかわからず、ロンドンは無茶苦茶な発言をした。しかしその提案は、キャベツ姫を考え込ませてしまったのである。

「いいこと言うわね、ロンドン。あたしも城なんて出てやろうって思うことがあるのよ」と彼女が言い、ロンドンは焦った。やばい、王位継承者に家出をそそのかしたなんて知れたら首が飛ぶ!

「うーん。家出か……」

 キャベツ姫が真剣に検討しているのを見て、ロンドンは焦りまくった。

「ひ、姫、衝動的になっちゃいけません! こういう重大なことはじっくり考えないとあとで後悔しますよ! とりあえず暗いことは忘れてパァーッと酒でも飲みませんか? パァーツと!」

 彼は両腕をばたばたさせて言った。

 そのセリフに、なぜかキャベツ姫の顔がぽっと紅潮した。彼女は、ロンドンの焦りを自分を元気づけようとしてくれているんだ、と勘違いしたのである。

「う、うん」

 彼女はしおらしくうなずいた。

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