第18話 ブダペスト市内観光
豚王国訪問三日め。
この日、ロンドンは旅人らしくブダペスト市内観光でもしようと思っていた。数千年の歴史を誇る世界一の巨大都市まで来て、王城に閉じこもって過ごすなんてのはロマの血が許さない。
「今日は一日ほっつき歩くつもりです」と彼は豚王に告げた。
「そうか。では余もつきあおう」
豚王が気軽に返事したため、この市内観光は「ほっつき歩く」から「豪華特製賓客御案内」へと軌道がずれた。
なにしろ王自らのご案内である。これはロンドンの予想を遥かに超えて大袈裟なものとなった。
たちまち豚王親衛隊の精鋭百名に召集がかかり、強力大型豚六匹に引かせるキンピカ人骨車が用意された。王城前通りには秘蔵の絨毯が敷かれた。まるで一国の宰相並みの扱いだ。さらに豚王は道という道、建物という建物をすべて大掃除せよという触れを出そうとしたのだが、できるだけ普段どおりの街の姿を見たい、というロンドンの希望を容れて、これは撤回された。
キンピカ人骨車には豚王とロンドンの他にキャベツ姫が乗り込んだ。彼女は市内観光の話を聞きつけて、「退屈しのぎになりそうね」と喜々としてやってきたのである。
「しゅっぱぁーつ!」
きれいなソプラノでキャベツ姫が叫び、人骨車が発進した。前後には一騎当千の豚王親衛隊精鋭が護衛する物々しさだ。
これじゃあ普段の街の姿なんて見れるわけがねえっ!
ロンドンはあきれ果てたが、
でもま、いっか。陽光の下で見るキャベツ姫は一段と綺麗だし、これはこれで面白い。
とすぐに頭を切りかえた。
城門を出て、美麗な絨毯が敷かれた通りを過ぎた後、一行はマルクスクス広場へと向かった。これは初代豚王を輔弼した建国の英雄マルクスクス記念公園とでもいうべきもので、広大な公園の中央に初代豚王をかばって敵の矢を受け、ハリネズミになった英雄の銅像がある。ここでロンドンは古代生物ハリネズミのレクチャーをした。
「ハリネズミは全身鋭い棘に覆われた小型の動物なんですが、怒ると敵の目に向かってジャンプし、必ず失明させるというおっかないやつだったのです」
ロンドンは自分の拳骨をハリネズミに見立てて、おどけて自らの目玉を攻撃する格好をした。豚王は「なんと過激な生き物よ」と驚き、キャベツ姫はくすくす笑った。ちょっと怖いけれど、非常に話し甲斐のある父娘で、ロンドンはうれしくなってしまう。
彼はハリネズミの化石を求めて砂漠で迷い、盗賊団に命を救われた話をサービスした。そのときロンドンは一銭も持っておらず、盗賊団の長から路銀を恵んでもらった。キャベツ姫は大ウケし、背中を反り返して爆笑した。
とてもなごやかないいムードで、一行はドナウ川に架かる橋を渡り、一大観光名所漁夫の砦へやってきた。
「ここは豚王国建国以前からある古代遺跡で、原始漁師族が建てた砦と言われておる。漁師族というのは古代水中生物のサカナを捕っておった種族で、ドナウ川流域に大勢力を持っていたらしい。見よ、この美しく芸術的な砦を!」
豚王が得意そうに言う。ロンドンがチャンスとばかりにサカナのレクチャーをする、という具合でなごやかムードが保たれていく。
市内観光はさらに豚王歴史博物館、古代地下鉄の廃墟、貴金属バザール、と続いた。豚王は上機嫌でお国自慢を語り、ロンドンがレクチャーで答える。キャベツ姫は、きゃははは、と笑いっぱなしである。うん、王様とお姫様との市内観光もいいもんだなぁ、とロンドンはほのぼのと思った。
しかし、ひとつ気になることがあった。
観光中に気づいたことだが、どうも豚王の行く先々で、世の親たちが娘を家の中へ隠しているようなのである。若い娘がほとんど見当たらない。ははぁ、こりゃあ娘狩りを怖れてのことだな、とロンドンにも思い当たった。
豚王もそのへんは勘付いているらしく、「愚民どもめ、こざかしい真似を」などとつぶやいて、だんだんとイライラしてきているようだった。いい女が見つからない限り、王の機嫌はもっと悪化しそうである。
「ロンドン、おまえも余の後宮のことは知っておろう」と豚王が言い、ロンドンはあちゃー、と思った。
危険だからこの話題には触れまいと思っていたのに、向こうから振ってくるとは!
さすがに女の子、後宮と聞いて、キャベツ姫の頬がぴくくっと引きつった。まずい、なごやかムードのピンチだ、とロンドンは焦った。
しかし豚王には周囲への配慮など求めることはできない。逆鱗に触れるのがわかり切っている。
「後継者争いなど起きんように、余が嫡子と認めているのはこのキャベツ姫だけだ。しかし余の優秀な遺伝子を広くばらまくのは、人類に対する貢献だ。そのために苦労して後宮をつくっておるのに、国民どもはわかっておらん」と勝手な理屈をこねる。キャベツ姫の怒りとロンドンの焦りは拡大する。
「だが隠しても無駄だ。余の情報網は何丁目何番地にAクラスの美女がいて、そのスリーサイズはいくつだということまで確実につきとめているのだ。そうだ、この家にブダペスト大学のマドンナがいるのを余は知っておるぞ!」
こうなるともう止まらない。キャベツ姫の氷点下の冷ややかな視線をものともせず、豚王はキンピカ人骨車から降り、マドンナ宅に押し入った。
運悪くブダペスト大学のマドンナは在宅していた。豚王は彼女の腰を抱いて人骨車に戻ってきた。これでブ大の男子学生全員が泣くのだろう。アーメン、とロンドンは十字を切った。
キャベツ姫は「もうおとうさんとは口きかない!」と叫ぶし、豚王は「大目に見よ、かわいい娘よ!」と言いながらマドンナを離さないし、彼女はべそをかいているし、なごやかムードを取り戻すのはもう不可能である。
こうして、ブダペスト名物豚王の娘狩りをラストに、市内観光は終了した。
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