第9話 吹取 ―ふきとり―

 やあ、みんな。リア充してるか。そうかそうか、だったら爆ぜろ。世界が破滅の危機にひんしていようとリア充の爆破が先だ。

 ちなみに俺は彼女いない歴イコール年齢の独身男。もうすぐ魔法使いになれそうな気がしている。

 誰しもそうだと思うが、俺もそろそろ二次元じゃない彼女がほしい。ってわけで、清水きよみず観世音菩薩かんぜおんぼさつに願かけをしに来たんだ。


「お願いします。俺にもよき伴侶はんりょを。贅沢ぜいたくは言いません、健康でほがらかで、お互いに思いやって楽しく過ごせる人がいいです。あと、胸とか尻とかデカくなくてもいいんですが、ぺったんこよりはちょっとあった方が好きかなあ。それと、できれば美人系よりは可愛い系の子でお願いします。それから背は俺よりちょっとだけ低い子がいいです。こう、抱きしめた時に俺の胸に顔がうずまる感じ? 憧れなんですよねえ」

「あー、こちら観世音菩薩。そこの独身男、聞こえるか。どうぞ」


 ザリザリと雑音ノイズ混じりの声が、耳もと……いや頭の中に直接聞こえた。


「?」

「こちら観世音菩薩だ。独身男、聞こえたら返事をしろ! どうぞ!」

「こ、こちら……ど、独身男? 観世音菩薩様、受信しました。どうぞ」

「独身男、了解。願かけの条件が厳しい。めんどくさいので、こちらで設定した条件をクリアした場合に嫁を獲得できることとした。どうぞ」


 なん……だ、と?


「聞いているのか、独身男。以下条件を提示する。名月の夜、五条大橋にて笛を吹け。その音につられて出てきた女性がお前の妻になる。では健闘を祈る。以上だ」

「は? ちょ……! 待って待って! 待ってください、どうぞ? あれ? こちら独身男、観世音菩薩様、どうぞ! あれー? もしもし、観世音菩薩様?」


 ……うんともすんとも返事がない。

 うっそだろ。俺、笛とか吹けないんすけど? どうすりゃいいんだよ。誰かに吹いてもらってもいいのかな。


「ちゃんと答えろよ!」


 自分の大声で目が覚めた。

 うわ、観音様かんのんさま悪態あくたいつくとか最悪。バチ当たらないといいけど。

 にしてもやけにリアルな夢だったな。


 願かけにそんなにたくさん条件つけた覚えもないんだが、なーんか怒られてた気もするし。もしかして最初から嫁はハードルが高かったのかも。彼女がほしいです、くらいにしとけばよかったかなあ。

 まあ、とにかく夢のお告げ通りにやってみよう。

 

「かくかくしかじかっていうわけなんだ」

「ふうん、なるほどね」


 おいおい、気のない返事すんなよ。友達だろ? 


「確か、笛吹けたよな。今度の名月ん時につき合ってくんね?」

「えええ……話はわかったけどさあ。なんで僕が行かなきゃなんないの」

「言ったじゃん。俺も嫁さんほしいけど笛吹けねえんだもんよ」

「僕、その夜は一緒に名月を見る約束してるんだよ」

「誰と?」

「……野暮だねえ」


 くそう、彼女かよ! 羨ましいじゃねえか。いいよな! 顔のいい奴はよ!

 どろどろと渦を巻き始める黒いオーラをむりやり引っ込めて、俺は友人にペコペコと頭を下げる。


「頼む、その日だけは俺に付き合ってくれ。お願いします!」

「どうしようっかなあ」


 足元見やがって……


「……笛吹いてくれたら、こんだけ出す」


 チラリと見たきりか。それならこれでどうだ!

 後二本、指を上げる。


「……ん、まあ、しょうがないね。予定を空けておくよ」


 くそう、マジで足元見やがって!

 だが、これで約束は取り付けたから支援体制もバッチリ。待ってろよ、俺の嫁 (予定)!




 さて、決戦の日は来た。

 京の五条の橋の上、弁慶べんけいよろしく腕を組んで仁王立ちになる。


「友よ、準備はいいか」

「はいはい」

「さあ、笛を持て!」

「そんなことよりさあ、この月の出をご覧よ。美しいねえ、山のにかかるさまはどうだい」


 思いっきり梯子はしごを外された。


「あ、ああ……うん。綺麗だな」


 俺の目的は綺麗は綺麗でもお姉さんのほうなんだよ。


「君もさあ、弁慶みたいに鼻息荒くしてないで、まずは月の美しさを楽しみなよ。


 月々に月見る月は多けれど月見る月はこの月の月


 って言うじゃないか」


 明月を見るなら今月の月ってか。誰が詠んだか知らんがタイムリーすぎる和歌うただな!


「俺はなあ! 芋名月とか栗名月を! 二人並んで! 愛でたいんだよ!」

「そうだよねえ、二人で見る月の美しさときたらまた格別……わかった、わかった。怖い顔するなって」


 風流ふうりゅうかいさないのは野暮やぼだとかなんとか、ぶつぶつ言いながら笛を取り出す。

 はああ、やっとだ。やっとここまで来た。


「と、ちょっと待って。まずはチューニングから……」

「あのな! お前誰と合わせんの、ソロだよ、ソロ。音感ないのか。ってか、そこ気にするとこじゃない」

「やだなあ、冗談だってば」


 それを最後の軽口にして、やつは笛を吹き始めた。

 あ、こいつ素で上手いな。俺の怒りも静まるくらいに上手い。


 明るい満月に照らされて、清涼な笛の音が夜を渡っていく。


 しばらく聞き惚れてたら気持ちが落ち着いてきた。

 これなら絶対、誰が吹いてるんだろうって思うわ。だって俺がそう思うんだもん。

 ふと気づくと、小袖こそでかづいたちょっと小柄な女の子がこっちを見ている。


「あれ、かな?」

「多分そうなんじゃない? 声掛けてみたら」

「や、ちょっと恥ずかしいっていうか」

「帰っちゃってもいいの?」

「それは困る」


 俺は根性とか恋情とか熱情とか、いろんなものを総動員してその子に声をかけた。


「あ、あの……月が綺麗ですね」

「ええ」

「あの、良かったらこちらで一緒に月を見ませんか」


 頷いて小袖を被いだままこっちへ歩いてくる。

 うわあ、仕草とか背の高さとか声とかめっちゃ好み。

 って、なんでそいつにくっついてんだよ。


「あー、君の相手は僕じゃなくて彼なんだけど」


 いやいやと、かぶりを振るのも可愛いじゃないか! って、相手は俺なんだってば。


「でも、笛がお上手でしたので」

「あ、それね。僕は彼に雇われただけだから。実質、笛は彼が吹いたってことで」


 なんて強引な理屈だ。屁理屈にもほどがあるが、この際そうさせてもらおう。


「そうなんだよ、笛はオレオレ」

「そうなんですか?」

「そうそう、だから君の顔も見せてくれるかな」


 俺はもうやけくそで女の子の小袖を取った。


「きゃっ、恥ずかしい」


 ん? ええと、お多福の面じゃなくてご本人?

 あの、ごめん、ちょっと本当に申し訳ないんだけど……

 いや、いい子そうなのはわかるんだけど、俺も初めての彼女はこんな子がいいなって理想があってだな。


「ごめん! 本当に申し訳ない!」


 俺はくるりと背を向けると一気に駆け出した。


「待ってくださいな」


 可愛い声が追いかけてくる。

 追いかけてくる⁉


 うわっ! この子、足が早い。

 っていうか、足動かしてるように見えないんだが⁉ この子人間⁉ 観音様、何を呼んだんですか!


 もしもし、観世音菩薩様? もしもーし! カスタマーセンター、どうぞ!

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