第5話 小鍛治 ―こかじ―
◇
「では
「ははっ。必ずや
即位のその日、
だが
道成は勇んで
「
勅使であると道成が告げると、宗近は
「帝が夢でお告げを受けられた」
「はっ……」
「そちの打った刀を守り刀とせよ、との夢告じゃ」
「守り刀、でございますか」
「うむ。ご即位なされてこの
「真にありがたい
「それは儂の知ったことではない。とにかく帝は、三条宗近が刀を
「ですが……」
尚も訴える宗近を押さえ、しかと伝えたぞと
さて、残された宗近。
「無理だ」
そのまま、ごろりと寝転がる。
「相槌を打つ者がいなくて、どうやって刀を打てというのだ!」
息の合わない者と共に刀を打つなど無理なこと。まして帝への献上ともなれば、滅多な者に任せるわけにはいかない。
「期限がいつとは仰せられなんだが、お待たせするわけにもいかぬしなあ……」
頭を抱えごろごろと転がりながら、
◇
とはいえ、どうにか相槌を打つ者を探さなくてはならない。
「これは本当にどうにもならぬな」
いっそ笑えてきた、と言いながらため息をつく。
「この鍛冶場とも別れの時がやってきたか」
呟く宗近の耳に、なにやら小さな声が入り込んだような気がした。
「……気のせいか? まあいい、それよりも最期であれば
またひとつ大きなため息を残し、宗近はよろよろと鍛冶場を出た。
「あれ? 鍛冶屋のおじちゃんじゃないか。どこへ行くの」
「おお、誰かと思えば……ちと稲荷明神様へお参りにな」
さすがに、近所の
「へえ、じゃ守り刀を打つんだ。お稲荷さんのお力添えをお願いに行くんだね」
なぜそれを知っていると不審な顔の宗近に、童は小首を傾げてみんな知ってるよと笑った。
「おれも、お使い頼まれてるから、一緒に行っていいかい?」
「あ、ああ。それはかまわないが……」
二人並んで歩き出す。
が、しばらく行くと童が言った。
「まったく! おじちゃんはお参りじゃなくてお弔いにでも行くのかい? そんなんじゃ神様も願いを聞いてくれないよ」
この童はよくよく人の顔色を見ているものらしい。悲壮な心持ちが顔に出ていると
確かにそうだな、と宗近は感心したように頷く。
「お前、今日はいつもと違っていいことを言うなあ」
「いつもと違っては余計だよ」
むくれる童を相手にして、ようやく
童は表情も話もころころと変わる。
こんなことを知っているか、と今度は得意げに話し出した。
「知ってる?
「ははは、そうなるといいんだが」
とおっと叫び、刀を振り回し敵を蹴散らす振りをしながら、童は宗近の周りを駆け回る。
「これ、そんなに駆けたら危ないぞ」
それにしてもよくそんな話を知っている、と不思議に思っていると童は急に立ち止まった。
振り返ると、それまでとは
『宗近よ、心安く思うがよい。
「なんだって?」
『稲荷明神様は必ずや
「お前は誰……いや、あなた様はもしや……」
宗近の問いにも、童は名乗らずただ微笑む。
ふと、気づけば稲荷明神の門前。
もしや稲荷明神様のお使いであったか、と思い至った宗近は、家を出た時とは打って変わり、
どうか神剣を打たせたまえ、御力をお貸し
◇
「宗近の鍛冶場はここかい」
入口から、ひょいと見知らぬ
「これ、入ってはならん。どこの子なんだ?」
「うんうん、ちゃんと浄めてあるし
「だから入ってはならんと言っているだろう。稲荷明神様をお迎えするんだぞ」
「儂だよ。約束通り手伝いに来た」
「約束? もしや、稲荷明神様でございますか! これは失礼を」
飛び
「かまわないよ。それよりも、儂は刀を打つのは素人なんだ。どのようにすればよいか、教えてくれるかな」
「はっ」
宗近は
ふむふむと頷きながら槌を振り上げようとした童子は、
「さすがにこの姿では、力が少し足りないなあ」
くるりとトンボを切ると、そこには
「さあ、宗近。鋼をこれに」
「はっ」
真っ赤に焼けた鋼の上を、カンカンカンと槌がゆく。
宗近が打ち、若者が打つ。
初めてとは思えないほど、ぴたりと調子の合う
「儂が相槌を打つこの刀、きっと
「はい、稲荷明神様」
真っ赤に焼けた鋼から、打つたび辺りに火花が散る。
叩いては伸ばし、伸ばしては叩く。鋼の塊は守り刀へと、その姿を変えていく。
そうして熱く焼かれた
じゅうっと跳ねる水の音、ぼうっと上がる蒸気に若者の姿が霞む。
「どうだい」
「はい、良き刀となりそうです」
研ぎ上がった
「これはすごいな、もくもくと雲が群れるようじゃないか。
「稲荷明神様の
「うむ、儂のは裏に入れてくれ。儂は宗近の弟子だからのう」
「いえ、それは畏れ多いことでございますから」
「宗近は表に、な」
「……はっ!」
そうして打たれた銘は「小鍛冶宗近」と「小狐」の二つであった。
◇
「宗近、守り刀が仕上がったと聞いて早速に参ったぞ」
橘道成が顔を上気させてやって来た。
「なんと。ただ今、こちらから伺うところでしたのに」
「夢でお告げを受けたのじゃ。守り刀ができ上がっておるゆえ、受け取りに行けとな」
「左様でございましたか」
「帝と稲荷明神の使いとなれば、光栄なことと言わざるを得んな」
ほほと笑った道成は、して刀は、と宗近を促した。
「こちらにございます」
童子が布に包まれた
道成の前にそれを置き、立ち上がった時の童子はもはや、神気を帯びた姿に輝いていた。
思わず二人は、その場へ
「これなるは、
光り輝くご神体は、雲に向かって飛んでいく。
「三条宗近が打ちし守り刀、一条帝にしっかと渡すがよい」
「稲荷明神様!」
「宗近、これまでじゃ。ではの」
そう言うと、稲荷明神は
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