ノッチ


 旧型にしろ新性能車にしろ、直流電気機関車とは結構面倒な機械である。

 ここで新性能とはEF61までという意味だけれど、電車と違って電気機関車の運転台には機関手の右側に、バカでかいマスコンがボンと鎮座していることはよくご存知であろう。面倒というのは、あれの取り扱いの話。


 電車ならばせいぜい数段だけれど、電気機関車では目が痛くなるほどノッチがあり、と言っても20段ほどだけれど、発車時、機関手はそれを一段ずつ、辛抱強くカチンカチンと進めなくてはならない。

 より新しいEF65などでは、発進直後に最終段へ、はじめからゴンと放り込んでもどうということはない。電車と同じように、EF65は粛々と加速していくだけである。

 そんな話を聞いたことはないが、もしもEF58で同じことをすれば、すぐさま断流器(ブレーカー)か高速度遮断機が飛ぶであろう。


 それはそうと、たくさんあるノッチの話。これを仮に16段であるとして、発進時や加速時には、機関手は口の中で「1、2、3…」

 と数えながら、同一ノッチを数秒間以上使わないように注意している。

 数秒間電気を流すとすぐに次のノッチ、また数秒間だけ電気を流したら、さらに次のノッチへと進むわけ。

 いつものように下手な絵を描くと


オフ

ノッチ1

ノッチ2

ノッチ3

ノッチ4

ノッチ5(直列)

ノッチ6

ノッチ7

ノッチ8

ノッチ9

ノッチ10(直並列)

ノッチ11

ノッチ12

ノッチ13

ノッチ14

ノッチ15(並列)

ノッチ16(弱界磁)



(直列)(直並列)(並列)(弱界磁)と書いてあるノッチだけが、時間制限のないノッチ。これであれば数秒以上どころか、何十秒入れておいても構わない。

 これらをランニングノッチと呼ぶのだけれど、それ以外の時間制限のあるやつは「捨てノッチ」と呼ぶそうな。数秒間使っていいだけで、次々に捨ててゆくからであろう。


 もしも捨てノッチに入れたままで数秒以上過ぎたなら?

 抵抗器というのは要するに電熱器だから、電流によって真っ赤に過熱し、やがて抵抗器は溶け落ちてしまう。それを防ぐための時間制限なのだ。


 もうお気づきであろう。

 あなたが機関手で、いまやEF58を運転し、重量級の貨物列車をけん引しているとしよう。しかも線路は上り勾配。

 だけど、あなたが電気を流し続けて良いノッチはたった3つしかないのだ。

(弱界磁)ノッチは、軽い列車をひいてかっ飛ばす時のものだから、今は関係ない。


 タイムリーにEF58のデータが雑誌に載っているので引用すると、


・(直列)ノッチでは時速19キロ

・(直並列)ノッチでは時速41キロ

・(並列)ノッチでは時速61キロ


 それぞれのノッチに入れっぱなしにしたときには、上記の速度で機関車は平衡状態になるという意味で、それ以上は加速も減速もしない。


 ところがあなたの列車は荷が重いので、(並列)ノッチには入っているのだけど、実際にはズルリズルリと減速が始まる。

 ふと気が付くと、もはや時速50キロ。(並列)ノッチの維持はもう不可能であろう。電流計の値も限界に近い。

「仕方ねえ」

 あなたはマスコンを(直並列)ノッチに落とす。すると速度は41キロまで下がるが、再加速する方法はない。

 捨てノッチは数秒間しか使えないし、(並列)ノッチに戻しても意味はない。

 あなたの列車は延着を覚悟して、ノロノロと勾配を上がってゆくしかない。


 こういう場合には、交流機はめちゃくちゃに有利である。なぜなら構造上、交流機には捨てノッチが存在せず、全部のノッチがランニングノッチだという、もはやチートと言いたい状態だから。


 じゃあ交直両用機はどうなんだというと、ご安心召されい。交流と直流の両方が走れ、かつ「捨てノッチなし」なんて非道が許されては、直流機関車の立場がない。

 うふふ、あのEF81も、直流機と同じ欠点をしっかり持っているのである。



(2024年3月追記)

上記の速度表ですが、セノハチの20パーミル勾配のものです。

鉄道ピクトリアル 991号 30ページ

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