039.印象。
お前はあいつをどう思う?
突然空に問いかけられて、はてと雨が首を傾げた。
どなたのことをおっしゃっているのですか、空。
そう友人に返されて、空は己の質問が余りに唐突であったことに気付く。雨の指摘は、空が少し前に霧に注意したことと同じだ。これでは他人のことは言えないと反省し、後から付け加える。
すまない。雲のことだよ、雨。
雲殿、ですか。あの方がどのような方なのか、拙者にはわかりかねますが……。
疑問符を浮かべていた雨は、話題に上がった人物の名を聞くと顎に手を当てて考え始めた。やがて、考え考え、慎重に言葉を紡ぎ出す。
……そうですね、何だか消えてしまいそうな方だと思います。
消えて?
いつの間にか遠くへ行ってしまって、そのままいなくなりそうな、とでも申しましょうか。
所詮は私感でしかありませんが、と雨が笑う。空はゆるゆると首を横に振り、雨に向かって微笑む。
いや、そうか。雨はよく人を見ているんだな。参考になる。
雨の示したことは、意外にも空にはしっくりときていた。
そう、きっと雨の持つ印象は正しい。
本当に、あの黒を纏う孤独な青年は。
金と銀の狭間で揺れる髪を、空は思い返す。
ありがとうございます。ところで、なぜ急にそのようなことを?
ん? いや、少し気になってな。雲は、いつの間にかそこにいたから。
小さな世界の不適合者、と空のこちをそう呼ぶ青年は、気が付けばそこにいた。他の七賢者の皆とは違い、空自身が引き込んだのではない。
そう言われてみますと、確かにあの方は……。
空の言に、雨も何やら思い当たる節があったようだ。
どうした、雨?
いえ、雲殿はなぜ、あそこにいらっしゃるのかと思いまして。
それは、空もかつて抱いたことのある疑問だった。雲はなぜそこにいるのか。本人に直接ぶつけてみたこともある。それに対する青年の答えを空は思い返す。
強いて言うなら、僕が君じゃないから、かな。
青年が空ではないから。青年がそこにいるのだと空が感じるのは、そのせいだろうと青年は言った。あの言葉に込められた意味を、空はまだ完全に理解していない。けれども一方で少しだけ、空はそれが分かるような気がしていた。
雲は、雲なんだ。あいつはそこにいるわけじゃなくて、たぶん、私がそう感じるだけで……。
かちり、と。
その時、空の脳内で何かが嵌る音がした。欠けていた記憶が一気に押し寄せてきたように、思考が拓けてゆく。
空?
雨が空の様子を訝しんで問いかける。心配そうに顔を歪める雨に、何でもないと空は笑って首を振る。
少し、外に出てくる。
気をつけて、と手を振って送り出してくれる友人を置いて、空は部屋から逃げ出した。人のいない廊下で、壁に背をもたせかける。飾り気のない、白い天井を見つめて、呟く。
雲、お前は……。
あの青年は、生まれながらにして雲だったのではないか。
そんな考えが空の中に満ちていた。
それはさながら、空が生まれた時から空と定められていたのと同じように。
最初から役割を決められていた者。
世界のために生きる空と同じ、役目のためだけに生きる者。
そうして、役目を終えた、その後では。
消えて、しまうのか……?
小さくか細い声で紡がれた空の言に、もちろん答える声はなかった。
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