029.欠片。

 私はお前が嫌いだったよ、雲。


 ふと思い出したように空が告げた。


 奇遇だね。僕も君が嫌いだよ、小さな世界の不適合者。


 淡々とした声と表情で金と銀の狭間色の青年が言葉を返せば、む、と空が顔をしかめる。


 お前はどうしてそう……


 言いかけた言葉を、空は唇を噛んで無理矢理途中で切った。相手に感情をぶつけるなどという行為は大変愚かしい。


 冗談はさておいてだな。


 冗談を言ったつもりはないけどね。


 空が話題を換えようとすると、青年がそう切り返した。いや、切り返したつもりは青年にはなく、ただ単なる意思表示でしかない。どちらにせよ、特に意味はないのだろう。空は深く息を吸って、それから青年に言葉を投げかける。


 私は今、世界を愛しているように見えるか?


 君はそんなに世界の断片に成りたいのかい。


 青年の口調はどこか嘲るような調子だった。


 私は真剣に聞いているんだ。


 込み上げた感情を嚥下し、空はどうにか声を絞り出す。けれどそれさえ嘲笑うかのように、青年が空の神経を逆撫でする言葉を発した。


 世界を愛したところで、君は変われないのに。


 私はお前と違って世界から外れても平気でいられるような奴じゃないんだ!


 空は思わず怒鳴っていた。空は温厚な方であり、誰かに対して感情を露わにする事はないのに、青年の前でだけはどうしてもそれができない。怒りを露わにして自分を睨みつける空に動じる様子も、また空の言葉にも傷ついた風もなく、青年は寧ろ嘲笑的な笑みをその口元に浮かべた。


 くだらない事を言わないでくれるかな。僕と君は元から違うものだよ。僕は世界なんてどうでもいいからね。


 世界の断片ですらなく、またそうなろうともしない青年。空と同じ虚無的な存在でありながら、亜種でもある青年。空と青年は、似て非なる存在なのだ。


 私は、世界を愛したい。……お前のことも、嫌いではないんだ。


 絞り出すような声で告げた言葉は、確かに空の本心だった。不意の事に虚を突かれたように青年が空を見つめ、その瞳に何を見出したのか、ふうん、と意味ありげに頷く。


 まあ、精々努力して世界の欠片ぐらいになれば。


 君は、僕とは違うんだろう。

 嘲るのとは違う、真意の読み取れない言葉だけを残して青年は去って行った。残された空が思うのは、青年の真意と自身の在処……そして、胸に重く沈んだ深い後悔だった。

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