023.戒め。

 なあ、お前はどこにいるんだ。


 言っている意味が分からないな、小さな世界の不適合者。


 呟くように小さな声で問うた空に、金と銀とを併せ持つ白金の髪をした青年が茶化すように応える。


 私は真面目に聞いているんだ。


 言葉通り空の顔は至極真面目で、青年を見つめる橙の瞳は真っ直ぐだった。青年があからさまな溜め息を吐く。


 くだらない質問に答える気はないよ。


 お前にとってはくだらないだろうが、私にとっては大切な事だ。


 くだらないね。僕がどこにいようが、君には関係ないだろう。


 くだらない、そう言い切った青年と対峙する空の表情は酷く虚無的だ。無表情ではなく、虚無。その違いに、その意味に気付いていながら、青年はそれらを無視して言葉を投げる。


 全てを包容する、それが君だろう。


 実在しようと虚無であろうと関係なく万物を包み込む、大空なのだから。

 そう示唆する青年に、空は思わず叫び返していた。


 言うな!


 真っ直ぐに青年を射る空の瞳が波間のように揺れる。今にも溢れそうな橙色の海を見つめ返す青年の瞳は、ただひたすらに静かだった。


 お前は、お前だけは、私をそんな風に言わないでくれ……。


 掠れた声で発せられる言葉。それが何を意味するかなんて、疾うに分かっている。だからこそ、青年の唇からは溜め息が零された。


 君は同胞を求めているだけだよ。君と同じ、不適合な人間を。


 それは僕でなくても構わないのだろう。そう言外に告げられた言葉が空を動揺させる。青年でなくても良いのか、そんな事は今まで考えた事もない。


 違うっ、私は! 私、は……。


 続く言葉が見付からない。一体何だと言うのだろう。空にとって青年は、ただの同族なのだろうか。それだけの存在だろうか。言葉に詰まる空に青年が尚言葉を重ねて畳み掛ける。


 違わないさ。君が求めているのは僕自身じゃない。君に似ているのなら誰でもいいんだよ。


 嘲るわけではなくどこか諭すような青年の声が、決して虚言ではない真っ直ぐなその言葉が空を攻め立てる。針で刺されたような鋭い痛みが胸に走り、言葉が喉につかえて出て来ない。何も言えないでいる空を静かに見つめて、青年が無表情に無情な言葉を突きつけた。


 僕がどこにいようが君には関係ない。どのみち、君の傍にはいないのだから。


 去っていく青年の後ろ姿に、既視感を覚える。眩暈がした。青年を追いかけようにも体が動かない。ああ、そうだこの青年は雲なのだ。雲は流れるもの、一所には留まらない。縋りようもない残酷な現実に、何故だか泣きそうだと空は思った。


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