016.硝子玉。
見ろ、雲!
窓の外から空は大声で呼びかけた。窓から身を乗り出す空を見て、青年が不機嫌そうに眉根を寄せる。青年の金とも銀とも言い得ぬ色をした髪は、差し込む光に煌々と輝いていた。不機嫌顔の青年が安楽椅子から立ち上がって、空の傍へ行きその額を指で弾いた。
痛っ!
うるさい黙れ。今すぐ失せろ、小さな世界の不適合者。
不機嫌な声音で青年が言葉を投げた。額を押さえながら、空は青年を睨む。
何をするのだ、痛いではないか。
何しにきたの。
空の視線を無視して、不機嫌な声で青年が問う。すると、空は青年に薄水色の硝子玉を見せつけた。
近所の子供に貰ったんだ。綺麗だろう。
お子様の君には似合うと思うよ。
目を輝かせて言う空に、どうでもいいとでも言うように青年は応える。むぅ、と空が頬を膨らせた。
何だ、その刺のある言い様は。
当たり前だろ。
朝から押しかけられてそんなくだらない事を言われればね、と青年は言外に続ける。口を開くのも面倒になり、青年は安楽椅子に再び身を転がした。
もう昼近く何だが……。
呆れたようにけれどどこか申し訳なさそうに空が言う。それから窓から部屋に入り、青年の顔が見える位置まで近付いた。
今朝方帰って来たばかりだから眠いんだよ。
今朝方という言葉に空が首を傾げる。訝しげに眉を顰める空に、青年は含んだ笑みを向けた。
恋人と会っていてね。
恋人!? 初耳だぞ!?
大仰に驚く空に、冗談だからね、と青年が返す。全く、心臓に悪い。そう心中でごちて空がばくばく言う心臓を落ち着かせていると、青年が言葉を続けた。
仕事だよ、仕事。で、それだけかい。
それだけ、とは?
まさかそれを見せるためだけに来た訳じゃないだろう。
青年の言葉を聞いて、空は決まり悪そうに黙り込む。呆れた、と青年が溜め息を吐いた。
いやほら、暫く会ってなかったし、さ。偶には様子も見に来ないと、な?
空が慌てて言い訳をする。しかし空の弁解も虚しく、青年は冷たく返す。
世界の頂点たる者がこんなのだなんて、呆れたものだね。君はもう少し自分の立場を自覚すべきだよ。暫くと言っても半年ぐらいだろ。
半年は十分だと思ったが口には出さず、空はただこう告げた。
苦しいんだよ、世界が。
空の顔から表情が引き、部屋の空気が冷たくなる。青年は何も返さず空を見つめた。
こうしてお前と話している間は良い。独りではないのだから。
独りではない。青年は空と同族だ。この不適合な世界で、唯一の。
小さな世界の不適合者。
青年が、空を呼ぶ。それから、空に手を差し出すよう促した。大人しく従うと、空の手の平に小さな硝子玉が乗せられた。透明で、色が付いていない、空っぽな硝子玉。
君には、そっちの方が似合ってる。
ああ、そうだな。
世界と同じ無色透明な硝子玉を握りしめて、空が淡く笑った。
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