008.来訪者。

 邪魔してるぞ。


 部屋の主よりも先に家に上がり込んでいた空を、金と銀の狭間色の髪をした青年は盛大な溜め息で以て迎えた。


 いい加減にしなよ、小さな世界の不適合者。大体今日は仕事があるはずだろう。


 いや、まあ……その、終わらせて来たんだよ。


 半分程度だが、と空は心の中で付け加える。口に出せば追い返されるに決まっている。


 本当だろうね。


 柳眉を吊り上げ確認してくる青年に、空は言い返した。


 お前、私を疑うのか?


 普段の君の行動から考えたら、疑うなって言うのは無理があると思うよ。……まあ、勝手にすればいいよ。


 いてもいいのか!?


 大人しくしているならね。仕事の邪魔だけはしないように。


 ああ、分かった。


 青年の言葉に空は満面の笑みを浮かべる。さながら機嫌の良い猫のようだ。それを見て自然と微笑んでしまう自分に気付き、僕も随分と甘くなったな、と誰にともなく青年は呟く。


 まったく、こんな姿を君の部下が見たら、嘆くのではありませんか、空。


 どこから来たのやら突然姿を現した藍の長髪を持つ霧が、嘲笑うように言の葉を散らした。


 やあ、霧。君が来るなんて珍しいね。


 むっ。霧、何をしに来た。


 霧に対する空と青年の態度は、それぞれに違う。


 お久しぶりです、雲。いえなに、どこぞのお馬鹿さんがまた抜け出した、と聞いて見に来ただけです。


 久方ぶりに会った青年に返事をし、その後に霧は意味ありげな視線を空へと送る。


 うわっ、貴様、余計なことを。


 慌てて空が黙らせようとしたが、遅かった。青年はきっちりと霧の言葉を聞いてしまっている。青年は眉間にしわを寄せ、静かに怒っていた。


 へえっ、そうなんだ。さっきその馬鹿から、仕事は済ませてきたと聞いたよ。


 全部終わらせたとは言っていない! 半分! 半分は終わらせたんだ!


 半分、ね。君のせいでまた嵐が苦労しているんだろう。いい加減抜け出すな。


 青年が空の額を、人差し指で軽く弾く。うっと言葉に詰まり額を押さえながら、空は霧に恨めしげな視線を送る。霧は、抜け駆けするからですよ、と空に小声で告げた。完全に現状を楽しんでいる。空は青年へと抗議の視線を送るが、効果がないと知ってか、すぐに俯いてしまう。


 ……仕事が終わったら、来てもいいから。


 空の様子に青年は溜め息混じりにそう言った。それを聞いた空が、嬉しそうにばっと顔を上げる。


 本当だな!? すぐに終わらせてくるから!


 すぐに飛び出して行く空。その後ろ姿を柔らかな表情で見送る青年を見て、霧が言う。


 君も随分甘くなったものですねえ。


 ……君とは変わらない仲だと思うけど、霧。


 自分でも変化に気付いている青年は、ごまかすように霧に言葉を返した。しかし事実、青年は昔から霧とその妹にだけは優しい。優しいというより、甘いというべきか。


 青年の様子を窺いながら、霧の中で、予想は確信へと変わりつつあった。

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