仮寝の床
深い深い草むらの中に潜り込んで、どこまでも進んでいくと、刈った草の墓場がうず高く積まれた空間に行き当たる。その分厚い草の層の下に、僕らの秘密基地はある。
夏になると、僕らは秘密基地を整備して、時々、夜もそこで寝ているのだ。
運が良ければ、他の誰かにも見つかるかもしれない。
でも、並の人間ではだめだ。
この秘密基地を見つけてくれるのは、大事件か、天変地異のような、僕らの日常を永遠に終わらせてくれる何者か、だけだった。
僕らは、そんな期待を胸に、秘密基地の中で眠るのである。
昼間、僕は、少し背伸びをして、その暗闇をのぞき込んでみる。そして、草の層越しに、底に敷いたブルーシートを見て、確かめる。秘密基地に寝そべれば、僕らの上にも下にも空がある。夜空には星が散らばり、雨が降れば溺れるだろう。
秘密基地の外、果てない暗黒の宇宙では、ちょうど真上の位置で、僕らが生まれる時が止まっているように見えた。
そして、今も、僕らはその星の下で、眠り続けている。
僕は目をつぶって考える。
ここを造ってから、すでに一年が過ぎていた。
いつか、成長した僕も、同じような秘密基地を作るのだろうか。
僕は、入口近くに腰かけて、空を見上げてみる。
空はまだ、青い。
風にそよぐ草の葉は、すでに先端が色褪せて、枯れ始めているものも、交じっている。
虫の声が替り、秋の澄んだ空気が忍び寄るのもすぐだろう。
季節は変わる。そう考えただけで、日陰は少し涼しい。草の
ふと思った。
僕は生まれてこのかた、長い長い夢を見ていたのだ。
空が低く降りてきて、さやさやと鳴る草の上を、透き通った雲が流れるような。
目が覚めたら、この世界は消える。
ある朝起きて、もし僕が死んでいたら、それはこのあいだ僕が夢に見た、入れ墨をした裸の男によく似た宇宙人がやったことだ。
夢の中で、彼は青草に身を沈めて、荒い息をついていた。目玉はとびだし、髪はボサボサ。逃亡者のように傷だらけで、体のあちこちから血を流していた。それでも、無精髭を伸ばした頬を緩めて、僕に笑いかけるのを忘れなかった。
彼は自分が血だらけなのを、野兎を捕えて食ったためだ、と言い訳した。
僕らの秘密基地を見て、「これはいいね」とも言った。
「お仲間は」と聞くので、この二、三日は見かけない。家は知らないんだ、と答えた。
彼は秘密基地の内部をちょっと覗いて、草むらに横になる。
僕は尋ねた。
「野兎って、おいしいの?」
「うん。まあね」
と答えて、彼は横を向いた。
背中の入れ墨が、どくん、どくん、と僕の心臓の鼓動に合わせるように浮きあがる。立体模型のように、鮮明に。入り組んだ線が絡み合って、精密に、野兎の皮を剥いた姿が。まるで鳥肌が立ちすぎた肌が変形したみたいに。本当にそう見えたのである。
しばらくして、彼は立ち上がり、僕を見下ろして、言った。
「生だから、肉なんて何でも同じだよ」
悲しいことに、彼は僕を殺さないと空に帰れなかったのだ。
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