雨の日曜日
雨の日曜日はとても静かだ。
その静寂が、どうしようもなく心を落ち着かせてくれるのを感じようとしたとき、ふとドアがノックされた。
「はーい、どうぞー」
彼女が入ってくる。
「……なんか、妙に静かだが、何かあった?」
「んー、私もよく分からないけど……ただ、今の時期はそうなんだけど、お盆までは雨も降るから、もう少し人を集めて欲しかったかなぁー」
「それはそうだけど…雨? ってことは、もしかして、これは何かの偶然か?」
「んー、私の住んでるところだとね。人は雨に変わった時、自分の時間を失っちゃうんだけど」
「あー、なるほど。だから、お盆を狙っていたのか」
「うん。っていうか、言っても分かってもらえると思うけど……この時期になると、どこからか『雨だ』って声が聞こえてくるの」
「……声?」
「うん。人がたくさんの家の中に籠ってる時にだったら、それはきっと悪いことじゃないんだけど、『雨だ』っていう声がする時って、ちょっと嫌な気持ちになるんだって……」
「そうか。そういう……何か理由があったりするのか?」
「そう。私、あの人と初めて会った時、あまりにも暗い様子でずっと家の中を観察してる人だから、『なんであいつだけこんなに暗いんだ!』って思っちゃった」
「ふむ……」
私が何だか複雑な気分になっているときに話を聞いたからか、彼女はやけに落ち着いてそんなことを言うのだった。
「あ、あの人」
「え? ……そうだな」
「あの人、何か食べたっけ?」
「え……ええ?」
「あ、やったぁ! 今日はお祭りね! あの人がいる」
「おいおい、せっかくいい匂いがしてたのに、もったいねー」
そう思いながら雨の日だというのに心は静か。
そういえばこの屋敷には誰も人が居ない。もうひとつ屋根のある部屋で寝ることも出来ないくらいだ。
誰も居ない、人も居ない。雨の日曜の夕暮れには静かな世界で動く影がひとつ。
その影があわただしくはねると、私は何の事かわからずただぼんやりとした頭の中の世界を漂っていた。
なんで居る? どうして私は居る? 誰かが居なくなったからだよ。お母さんはあんなにひどいやつだった。いつも私を叩き回していた。私は、お父さんとお母さん、二人が大好きで……。
「お母さん? ああ、もしかして、あれがお母さん?」
「うん、そう」
「よかった」
「そうか……。それは何よりだな」
「うん。本当の話なんだけど、あの、お祭りであったことについて、聞いて欲しいんだ」
「うーん、そじゃあまあ、話してもいいとしよう」
話してもらえるのなら、いくらでもわかることはあると思うので、問題はないと思われる。
「ありがとう。あの、私、聞いたんだけど、最近のニュースとか、よく見ているから、興味があって」
「まあ、それは良かった。ところで、そのニュースって何のことだか、わかるか?」
「うーん、えっとね、その……。あの、日本の人たちが、すごい数の誘拐事件を起こして、世界中に広まっていて、日本にテロするって言ってるのを聞いて、なんか嫌な気持ちになったんだ」
「……どういうことだ?」
「うーん、その……。テロって何か、わかる?」
「ああ、テロ、か」
彼女から話を聞くと、そのテロのようなものは、世界中で起こっているらしい。
「あの……なんていうか、テロって何かって、言われても、よくわかんなくて」
「うん、実は俺、自分が今、一人でテロを起こした人間だということがわかってさ、だから、何か、怖くなってね……。それで、あんまり考えるのが遅れてしまったから」
「そっか……。……でも、それ、どういうこと? テロって、悪いことじゃないって、誰かが前に言ってたじゃん」
「うん、まあそうだけど、なんで……? その人、知ってる人?」
「うん……。お祭りのあの人が、私のお母さんだと思うから、かな」
「……へえ……すごいなあ。それって……。確かにテロっていうよりはテロリストっていう感じかな……でも、俺、全然そんな風に思ったことはないかも……」
「えーでもテロってなんかよくわかんないよ! 私もよく思ったことないけど……」
「お母さん、その時、誰かについて言っているのを聞いたことはある?」
「うーん……。でも、なんか、テロが気になって仕方なかったの、私は……。でも、私も私で、すごいことに気づいていなきゃって……」
「へーえ、どういうこと?」
「私、もう、私の周りの人から言われたこと全部、全部、否定してたの。で……」
彼女は言葉を切ると、怪訝な顔をして、「あれ、お母さん?」と指した。
「…………」
(母の独白)
―――――――――――――――――――――
やっぱりあの子はいないね。あの暗い家からこの屋敷まで出てきたら私まで閉じ込められてしまう。
私は窓にもたれて影を眺めていたのに、影はすぐに消えてしまう。やっぱり、あの人か。今の私は影の人じゃないんだから。
そうしてまたあの時間がやってくる……。
あの時と……。
―――――――――――――――――――――
「……」
「…………」
「………………」
あの人は何も言ってこない。ただ私の方を見ているだけ。
私は何も問わずに立っていたから答えられなかったのだ。
「……」
あの影は黙ったままだ。
「…………」
――――――――――――――――――――――
「…………」
「…………」
あれから私はずぅっと気まずくて、あの家ではあの人の影が見えていたのに、私は影を見つめながらぼぅっとしている。
そんな私が気になったのだろうか? あの人は何も言ってこない。ただ私のことを見ているだけだ。
私はなんとか声を出そうとしたがなんの言葉が出てこない。
「…………」
あの人は一人で何かを考えているようだ……。でも結局何も言わない……。
そんな時だった。私の目の前の机の上に影がまるまると現れ、その影の一つに私は近づいて、
「…………!?」
「…………!!」
「…………!!!」
「…………!!!!!」
……影が、私と同じように影の中へと姿を消し、その影はいずれ影を消して、影が消える時に現れた別の影に消されていく。
「…………あっ」
影は消えない……けど、その影が私と、あの人の影を残した。
―――――――――――――――――――――
「…………」
「…………………」
「……………………」
「……………………………………………」
私は無言で、あの人がこっちを見ているのが分かる。でも、何も言わず、こっちを見ているだけなのに、それでも視線は私に向いて、私と言う存在を確かに捉えていた。それでも……それでも何も言えぬ……何も知らないのに私だけが知っている様にして……。
―――――――――――――――――――――
「……ねぇ、何か話さないと」
と彼女が言う。
「いいえ。もう、話すものはここには無いの」
母が答えた。
「…………どういうこと?」
彼女は問い詰める。
「……ねぇ、聞かせてよ」
「……何も言わないわ」
「うん!?」
「それを黙って見てるのもね。もう、私だけが知っている様にして」
「…………」
彼女は首を振った。
「それでも、あなたは私達に黙ってるんだもの」
「…………私だけの言う事を聞かないんだから。私は黙っているけど、あなたはしゃべってるんだから……」
「……この人は何も言ってないのよ?」
「でも、あなたも黙ってる。話しながら、拒否してる」
「でも、私達はその事を知ってる」
「…………」
「私達が知らない……。知っているはずがない。そんな事……わざわざ聞きたくもない」
「…………」
「うん。知ってるわ。私……」
そう言って、彼女はひとり微笑むのだった。
雨の日曜日はとても静かだ。ここに居る全員がそう思う。
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