第8話 クレアの決心

私とクレア、それにイーナさんと護衛3名が一緒に役所の建物を見にきた。もちろん護衛にはルーナさんも入っている。


あれからカービン伯爵は大丈夫かと思うくらい暴走していた。

最初は広場を封鎖すると言い出して、ゼノキア侯爵に窘められ。全兵士を広場に配置しろと言い出して、ジョルジュ様とハロルド様に止められた。最後は泣きそうな表情で目立たないように兵士に警備させると言って、ようやく落ち着いた。


しかし、目立たない警備と言っていたはずだが……。


目だっているやないかぁーーー!


役所の裏手に町中用テク魔車を止めたが、目つきの鋭い屈強な男たちが走って追いついてきた。装備は自前のものなのか揃っていないが、どう見ても兵士か危ない人たちに見える。


テク魔車を降りて建物の裏手の外観を確認しているのだが、我々に近づいてくる人達を睨んで遠ざけているのだ。


その人達は絶対に我々に近づいたのではなく、たまたまこの道を通る人だと思う……。


申し訳ないと思って、急いでスマートシステムを使い外観のイメージを撮っては保存する。側面も同じように撮影して正面に回り込む。


正面に回り込んだが、正面は近いと建物の全体が分からない。距離をとろうとすると広場に入るしかない。広場側に進もうとすると、男達の何人かが先行して人払いするように広場の人達を威嚇する。よく見ると子供まで睨んでいた。


「悪いけどあなた達は先に戻ってください!」


男たちは何を言われたのか分かっていないようだった。私は改めてお願いする。


「これ以上住民に迷惑を掛けたくありません。お願いだから帰ってください!」


私は頭を下げてお願いした。


「いえ、伯爵の命令なので、申し訳ありません……」


彼らの立場も理解できる。しかし、こんな状況に私は凄く悲しくなる。

良かれと思って色々とやってきたが、カービン伯爵にとって私は迷惑な存在と思われていたのだろう。


確かに私や神々がやり過ぎたことはあったと分かっている。


でも、それほど迷惑を掛けただろうか……?


結果的にはエルマイスターだって、グラスニカだって良い町になったじゃないか!


「だ、旦那様!」


クレアが心配して声を掛けてきた。


そして、私は自分がボロボロと涙を流していることに気付いた。


「そんなに私は迷惑なのかな……」


無意識に口から出ていた。


周りでみんなが心配して声を掛けているが、今は耳に入ってこない。


私は黙って来た道を戻り始める。男たちが慌てた様子で私に近づこうとしたようだが、クレアが止めている声が何となく聞こえていた。


私はただ黙って、たぶん泣きながら役所の裏に止めたテク魔車に戻った。どこか呆然として、頭の中ではこの世界に来てからの色々なことが浮かんでは消えていた。


気付くといつの間にかカービン伯爵の屋敷に戻り、自分達のテク魔車に戻っていた。


「ゴメン、今日はもう誰とも話したくない。部屋で寝るよ……」


そう言ったのは覚えている。


部屋に入るとベッドで横になり、落ち込んでいた。


暫くするとクレアが部屋に戻ってきた。気付いていたが今はクレアとも話したくなかった。


クレアは私に声を掛けてくることはなく、着替えの音がわずかに聞こえるだけであった。


不意に静かになると、クレアが私の横にきて優しく頭を撫で始めた。

何も言わず、包み込むように優しく心まで撫でてくれるクレアのやさしさが分かる。私は体の向きを変えクレアの胸に縋りつくと声を殺して泣き出してしまった。


母親に縋りついて泣く子供みたいに、クレアの胸に顔を押し付けて泣く。そして背中に伸びた手にモフモフが触れた。クレアが俺のために特大ケモシッポを付けてくれたのが分かる。

私はその優しさにまた涙が溢れてくるのであった。


そして無意識に特大ケモシッポのモフモフを堪能し癒されながら私は眠りに就くのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



「そんなに私は迷惑なのかな……」


旦那様がそう呟いたのを聞いて、私は怒りのような悲しみのような感情が溢れ出してくる。旦那様がうな垂れてトボトボと歩きながら来た道を戻り始めた。


私はイーナさんに旦那様を支えるようにお願いして、すぐにルーナたち護衛に誰も近づけないように命令する。


「こ、困ります! これではカービン伯爵に」


「近づくな!」


カービン伯爵家の兵の1人が旦那様に近づいて、話しかけようとしたので止める。


自分でも驚くほど怒りの表情を兵士に剣を向ける。

旦那様から貰った剣は、私の怒りか魔力に反応したのか青白く光っていた。


兵士たちを一瞥すると言い放つ。


「それ以上旦那様に近づいたら、私がお前達を切り捨てる!」


私の剣幕と剣の輝きを見て男たちが私達から距離を置く。


その様子を見てから旦那様の後を追う。兵士達は遠巻きで様子を窺っているが、近づこうとはしなかった。


町中用テク魔車に旦那様を乗せてカービン伯爵家の屋敷に戻り、町中用テク魔車から私達のテク魔車に旦那様を移動させる。


旦那様は驚くほど呆然としており、テク魔車へ移動が終わると呟くように私に話しかけてきた。


「ゴメン、今日はもう誰とも話したくない。部屋で寝るよ……」


私はこんな旦那様を見るのは初めてだった。そして、何故こんな風に旦那様を追い込むのだろうと、カービン伯爵家の行動が腹立たしかった。


旦那様が部屋に入ると、誰もテク魔車には入れないように指示する。


ハロルド様達がテク魔車の外にいると護衛に言われ、私は1人でテク魔車から降りて外に出る。


「クレア、何があったのじゃ?」


ハロルド様が尋ねてきた。


「カービン伯爵家の兵士が、我々に人を近づけないように住民を睨んで遠ざけたのです。旦那様はこれでは住民の迷惑になると思って、兵士のかたに頭を下げて戻るようにお願いしました。しかし、カービン伯爵様の命令だからダメだと……。子供もいたのですよ! 旦那様はそれを見て自分はそんなに迷惑なのかと言って泣いておりました」


私が答えるとハロルド様は複雑な表情をして黙り込んでしまった。

ハロルド様の後ろにはジョルジュ殿下を始め、他の貴族家の方々も居たが同じように黙っている。

そんな中でカービン伯爵だけは青い顔でブルブルと震えている。


「旦那様がどんな迷惑を掛けたというのです! たしかに予想外の事はしてきましたが、どれも人々を救うためではありませんか? それなのに旦那様の一番嫌がることを……、あれでは旦那様が自分のせいで住民に迷惑を……」


旦那様の気持ちを考えると涙が出そうになる。


「ち、違う! 私はそんな命令を出していない!」


カービン伯爵は青い顔で反論してきた。私はそんな無責任な事を言うカービン伯爵に怒りを覚える。


「黙れ! だったらカービン伯爵家の兵士が勝手にやったと言うのか!?」


「クレア!」


ハロルド様が私の発言を咎めるように、強い口調で私の名を呼んだ。


私は大きく息を吸うとハロルド様に向かって話す。


「ハロルド様、私はアタルの妻です。旦那様を守るためには命も懸けましょう。エルマイスター家の騎士団も辞め、後ほどこの失礼は私の命を持って償います。旦那様が元気になるまでお待ちください」


私の命は旦那様に救ってもらったのだ。旦那様のために捧げよう。


「待て! お前は絶対に死んではならんぞ!」


「なぜ? それでは閣下にご迷惑が……」


「愚か者がぁ! お前が死んだら、アタルが復讐でこの町や国を亡ぼすかもしれんのじゃ!」


ハロルド様に言われて、旦那様ならあり得ると思い笑みが零れそうになった。


「では、どのようにすれば?」


「安心しろ! 話を聞く限り悪いのはカービン伯爵家だ。お前を罰しろというなら、一緒にカービン伯爵家だろうと国が相手でも戦ってやるわい。ガハハハハ」


ハロルド様の話を聞いてまた泣きそうになる。


「だから閣下の事が大好きです!」


身分とか立場とか関係なく、自分が正しいと思うことを突き進む。そんな父親にそっくりなハロルド様が大好きだ!


「アタルの前では言うなよ。儂がアタルに殺されかねん。ワハハハハ」


ハロルド様は少し照れたような表情で冗談を言った。


するとジョルジュ殿下が前に出てきて話し始めた。


「ハロルド、物騒な話は止めてくれ。クレア、詳細は分からぬがそなたの話が本当なら、罰すべきはカービン家にあるだろう。だが、カービン家の話を聞いてから結論は出したいと思う。その事をアタル殿にも私から話したいが、会えないだろうか?」


ジョルジュ殿下は公平に判断して下さるようだ。しかし……。


「それは無理です。旦那様は誰にも会いたくないと言ってました。私は旦那様があのように魂が抜けたような表情をされるのを始めて見ました。だから私の一存で、旦那様が会うと言い出すまで、誰にも会わせるつもりはありません。例え王族である殿下の命令でも、お断りします。責任は私が、」


「ああ、それならアタル殿が会うというまで待つよ。クレアの責任を追及することはない。そんなことをすれば、ハロルドの言う通り国が滅びかねんからなぁ。はははは」


ジョルジュ殿下は冗談で言ったのだろうが、後ろの全員が真剣に頷いていた。


「わかりました。それなら旦那様のそばに居たいと思います。旦那様の様子は可能なかぎり報告をするようにいたします」


「それで頼む!」


ジョルジュ殿下はそこまで言うと振り返って屋敷に戻っていく、他の方々も同じように戻っていった。


私はそれを見てテク魔車内に戻る。護衛やイーナさんに状況を説明すると、私達夫婦の部屋に行く。部屋では旦那様がベッドに横になっていた。


旦那様の様子を窺って、少しでも元気づけようと昨日と同じ衣装に着替える。


旦那様の背中から近づいて頭を撫でる。心の中で必死に「旦那様は悪くない」と言いながら何度も撫でる。すると旦那様は向きを変え、私の胸に顔を埋めて泣き始めた。


私はそんな旦那様が愛おしく。旦那様が私を頼ってくれている気がして嬉しかった。


そして、私は改めて心に決めた。


愛しい旦那様を自分の命に代えても守り抜くと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る