第54話 さよなら……

取り敢えず私が裁かれるわけではないと分かりホッとする。


「実はアタル殿に相談があるのだ」


ジョルジュ様はそう話すと、塩の確保について相談を持ち掛けられる。


話を聞いてなるほどと思いながら『塩抽出魔導ポンプ2号』がそのまま使えるのか考える。


う~ん、使えるとは思うけど……。


話を聞く限り状況が随分と違うことがわかった。塩を抽出することは可能だが、塩の安定確保には難しいと感じた。とりあえず気付いたことを説明する。


「話を聞いた感じでは、エルマイスターのダンジョンとは随分と様子が違うようですね……。まず魔物が棲息する塩湖だとなると、魔物に対する対策が必要になります。魔道具は魔物が居ない場所を想定していたので、対策が必要になるでしょう」


「それは兵士が魔物から魔道具を守れば問題ないのでは?」


「う~ん、それも可能だとは思いますが、塩水を取り込む近くで戦闘をするのですか? それもずっと検証を続けている間、何日も兵士が戦い続けることになることも考えられますよね?」


これにはさすがに誰もが困ったような顔になる。


「では、塩が採取できるかだけでも確認はできないだろうか?」


「……それは確認できないわけではありませんが、それならその塩水を届けてくれれば確認はできますよ。何でしたらそれ用に収納の魔道具を渡しても構いませんよ」


ジョルジュ様は少し考えてから、さらに尋ねてくる。


「それでは安定した塩の確保には程遠い……。それなりに安定した塩の採取を確認する方法は無いだろうか?」


う~ん、気持ちは分かる、だけど……。


「それは無理ですね。安定した塩の確保ということであれば、魔道具を設置してそれなりの期間、確認する必要があると思います。エルマイスターのダンジョンでもまだ検証を始めてひと月ですよ。あそこは魔物がいないから、安全に検証が可能なんです。

魔物が居る場所で検証するなら、それなりに体制や準備が必要だと思います」


誰もが難しそうな表情をしているが、カービン伯爵だけホッとした表情をしている。


んっ、なんでだ?


少し気になったが、ジョルジュ様が呟くように話した。


「確かにそれは当然の事だな……。国の懸案事項をそんなに簡単に解決できるはずがないのも当然かぁ」


うん、その通り!


確かに検証は必要だと思うが、そこまで急ぐのは無理があり過ぎる。それに私にはエルマイスターに帰るべき家があり、出張するにしても一度戻りたい。


「それではもう少し検討して、準備などしてからなら、相談には乗ってくれるのか?」


ゼノキア侯爵が横から尋ねてきた。


「もちろん相談や協力はさせてもらいます。ただ、エルマイスターでやりかけの事や公的ギルドの件でやることもあります。きちんと優先順位を決めて対処させてください」


王子夫妻も領主たちも塩の確保について急ぎ過ぎたと納得してくれた。ほんのひと月前には塩の確保など全くなかった話なのだ。


話は取り敢えず他にないようなので、私はテク魔車に戻るのであった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



アタルが部屋を出るとゼノキア侯爵が王子に尋ねる。


「よろしいのですか。国全体の事を考えれば、やはり先に塩の確保についてアタル殿にお願いしたほうが良いのではないでしょうか?」


「たしかにそうだが、アタル殿に強引に頼むつもりはない。彼とは良い関係を築くことを優先したほうが良いだろう。それともゼノキア侯爵は、アタル殿に権力を振りかざしてやらせろと言うのか?」


「い、いえ、そこまでは考えてはいません。もう少しだけ強めにお願いしても……、いえ、やはり現状は良好な関係でいる方が重要ですな」


ゼノキア侯爵も国の為と思い、多少強引でもと考えたようだが、すぐにそれは止した方がいいと考え直した。


「それに、つい先日まで国内で塩が手に入るなど誰も考えていなかったのだ。現状で手に入る量でも信じられないほどだ。あまり急ぎ過ぎても良くないだろう。

とりあえずエルマイスター領を視察して、真実をこの目で確認したいと思う」


王子の話を聞いて領主たちも納得する。そしてそれぞれが自分の領地に戻ってするべきことがたくさんあることを思い出したのだった。



   ◇   ◇   ◇   ◇



テク魔車でこの後の予定を考えていると、昼前には明日にはエルマイスターに戻ることになったと連絡が入った。


他の領主も明日にはそれぞれの領地に向かい。王子夫妻はエルマイスターに一緒に来るという話になったようだ。


次々と予定が変更になり混乱したが、やはりエルマイスターに戻れると聞いてホッとする。あそこはもう自分の故郷であり、家や仲間もいるからだ。


その日は昼食を食べてから神像地区に行った。この機会に自分で造った町並みをゆっくりと歩く。


「アタル様、食べて言ってください!」

「アタル様、これを持って行ってください!」


すでに獣人の市場から、この場所に移って商売を始めている。


前からこの場所で商売しているみたいに、馴染んでいるなぁ。


前はほとんど獣人のお店だったが、人族のお店も多くある。客も人族が思いのほか多いようだ。


大通りの店に比べて値段の安いようなので、地元の人達が買い物に来ているのだろう。


声を掛けてくる人たちに呼び捨てにしてくれとお願いしたが、誰も聞いてくれない。明日にはエルマイスターに戻ると話すと、涙を流して悲しんでくれる人もいた。


まあ、色々あったが、この町も好きだなぁ。


神像区画に入ると子供ケモミミたちが楽しそうに遊んでいる。たった数日しか経っていないのにケモミミはピクピクと動き、ケモシッポも艶々している。


洗浄ウォッシュで綺麗にしているのもあるだろうが、食事もしっかり食べられるようになり、健康になってきたのだろう。


ラナと合流して、ラナとクレアの厳しい視線を受けながら、ケモミミ天国……げふん、孤児院にもお別れの挨拶に行った。


エルマイスターに戻ると話と子供ケモミミたちが一斉に俺を取り囲んできた。抱きついて泣いているのは、最初にこの地で合った少女であった。


抱きしめ返したかったが、ラナとクレアが笑顔で私の手を握っていた。


全く信用されてないのねぇ~!


そして、ケモミミ達はグラスニカに全員が残ると聞いて、思わず涙を流してしまった。ラナとクレアが手を握っているので、涙も鼻水も拭けずに酷い顔になってしまった。


アーニャ夫妻に挨拶しに行くと、獣人の顔役や、人族の顔役まで挨拶に顔を出してくれた。


アーニャ夫妻に改めて挨拶すると、アーニャさんが真剣な表情で話した。


「アタル様からお預かりしたこの地を、しっかりとお守りすることをお約束します!」


いやいや、そんな約束は必要ないから。


何故か顔役たちは跪いている。


「や、止めてください! この地は領主様の管理地です。普通に話してくださいよぉ」


それから暫く彼らを説得して、何とか普通に挨拶することができた。



   ◇   ◇   ◇   ◇



翌日グラスニカを出発したのだが、沢山の人が見送りに来た。何より嬉しかったのは子供ケモミミたちがたくさん見送りに来てくれたことだ。


わ、私のケモミミ天国……。


本当は一緒にエルマイスターに行くはずだったのに……。成り行きで像を作ったことで、話が二転三転してこんなことになってしまった。


寂しいけど……、エルマイスターにもケモミミ天国はある!


それでも……、さよならーーー! グラスニカのケモミミ達!


また旅をすることがあれば、必ず子供ケモミミたちに会いに来ると心に決める。


その時は監視の目が無いと嬉しいよぉーーー!

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