第10話 イザークの策略と絶望
ハロルド達が夕食を食べ終わりお茶を飲んでいると、冒険者ギルドのギルドマスターが到着したとの執事が伝えにきた。
グラスニカ侯爵のエドワルドは会議室に案内するように指示する。
「すまないが、今回の件は私が話すようにする。必要だと思ったら会話に入ってくれ」
エドワルドがハロルドに確認するように話す。自領で起こった事件である。捜査や処罰するのは領主のエドワルドに権利がある。それでも襲撃されたハロルドに気を遣ったのであろう。
「それで儂は構わんぞ」
「そう言いながら、いつものように突然殴ったりしないでくださいよ」
エイブル伯爵のカークが心配そうにハロルドに念を押す。
「最近の儂は自重するように説教するぐらいじゃぞ。安心しろ!」
((どんな馬鹿がハロルドに自重しろと説教されるのだ!?))
ハロルドの返事に2人は信じられないという顔をするのだった。
◇ ◇ ◇ ◇
3人が部屋に入ると、老齢だが鋭い目つきをした男が座ることなく部屋で待っていた。
男は3人に気付くとすぐに挨拶を始める。
「お久しぶりです。この地の冒険者ギルドのギルドマスターをしています、イザークと申します。本日は急のお呼びに驚いています。エルマイスター辺境伯とエイブル伯爵もお揃いになっている。何か火急の用件でもございましたでしょうか?」
イザークと名乗ったギルドマスターは、このグラスニカの領都で20年以上も冒険者ギルドのギルドマスターを務める人物であった。ハロルドとカークも何度も会ったことがある。
それでもハロルドやカークとは頻繁に会うわけではないので、丁寧に立場から名乗ったのだ。
彼は冒険者ギルドのギルドマスターらしく太ってなかったが、老齢でどちらかと言うと文官や貴族という雰囲気であった。実際に彼の祖父は貴族の末席にいた。
「色々と聞きたいことがある。まずは座ってくれ」
エドワルドはイザークに座るように言い、自分達も対面に並んで座る。
イザークが座るのを確認するとエドワルドが話を始める。
「お前はキルティとその仲間たちを知っているか?」
イザークは質問されて様々のことが頭を駆け巡っていた。
イザークは数日前にタルボットとキルティ、そして何人かキルティの手下とも会っていた。タルボットから詳細説明がなかったが、もしかしたら大きな事件が起きる可能性があると話は聞いていた。
そこからエルマイスター領の冒険者ギルドの話や、それ以外の噂を知っていたイザークは、もしかしたらエルマイスター辺境伯の襲撃をするのではないかと推察していた。
エルマイスター領には犯罪者を鑑定で判別できるという話は、少し前から報告を受けていた。
そしてキルティの噂も知っていた。捕まっていないのが不思議なくらいの冒険者であり、そんな連中を集めていることは、冒険者ギルド内では有名であったのだ。
それらのことを考えるとエルマイスター領で何かするには不適格だと考えた。そうなるとタイミング的には塩会議に来る辺境伯を襲撃すると考えていたのである。
しかし、辺境伯一行が町に到着したことはすでに報告があり、自分の推察が外れたと思っていた。
そこに領主からの呼び出しである。短い時間で必死に情報を集めたが、辺境伯が襲撃されたとは考えられなかった。しかし、何もつかめず知らない振りをしようと考えていたのだ。
しかし、いきなりキルティの話になるということは、何かあったことは間違いないと考え始めたのである。
「キルティ? 聞いたことがある気がします。ですが、このグラスニカの領都では冒険者の出入りは多いので、正確に誰だったか記憶が不確かで申し訳ありません」
イザークは完全に惚けるのは、もう少し相手の情報が出てからにしようと考えた。
「では、王都のサブマスターであるタルボットとは最近会ったか?」
タルボットの名前が出ていよいよ状況は良くないとイザークは気付く。そして、何とか自分の保身だけでもと考え始める。しかし、状況は良くないと思うが判断するための情報が足りない。返事をする前に少しでも情報を引き出そうとする。
「なにか事件があったのですか?」
その質問にエドワルドが答えようとしたが、その前にハロルドが口を挟む。
「おかしいのぉ。領主からの質問に別の質問で返すのは変じゃのぉ」
ハロルドは少し笑顔を見せながら話した。それを聞いてエドワルドは答えるのを止める。
イザークは予想外にハロルドが油断できないと警戒して言い訳をする。
「申し訳ありません。王都のサブマスターの動向を理由もなく話せないのです」
「いつからそんな規則ができた? 会ったか会っていないか答えることもできないとは不思議じゃのぉ。そんな規則は聞いたこともない!」
「規則というよりは、勝手に話すと私の立場が悪くなるのです」
イザークは必死に言い訳をする。それも話す相手はエドワルドに向かってである。
エドワルドなら組織内の立場とか理解してもらえる。それも長年何度も顔を合わせてきた間柄である。そしてここはグラスニカ領で、いくらハロルドでも無茶はしないだろうと考えたのである。
「そうか、わかった!」
ハロルドの言葉にイザークはホッとする。ギリギリのやり取りだが、何とか乗り越えたと思った。しかし、次の言葉で顔色を変える。
「こいつは奴らの一味だと判断する。奴らと一緒に儂が尋問するぞ!」
イザークはその瞬間に、エルマイスター領の前のギルドマスターについての報告を思い出す。
(クレイジーオーガ復活!)
誰が言い出したか分からないが、エルマイスター領からくる冒険者が言い出していた。そしてこの支部にも報告書の一部は回ってきていた。
それを読んだ誰もが『クレイジーオーガ復活!』と呟いたのである。
縋るようにエドワルドに視線を向ける。
「確かに会った会わないも答えられんのはおかしいのぉ」
エドワルドはさすがにイザークが気の毒だと思ったが、ハロルドの話でその程度のことを隠すのは変だと考えた。それにこうなったらハロルドは止められないのも知っているのだ。
「よし、エドワルド! こいつの家族を攫ってこい」
「ハロルド殿、攫うというのはお止めください。どちらが悪人か分かりません!」
カークがハロルドに注意する。
「おう、お前もアランと同じことを言うのぉ。ガハハハッ! いやぁ、捕縛した奴らが簡単に口を割るから物足りないと兵士たちが言っていたが、ギルドマスターなら多少楽しめるじゃろ?」
「ハロルド、いい加減にしろ!」
ハロルドが危険な方向に進みだしたので、無駄な努力と知りながらエドワルドは注意する。
「なにがじゃ?」
「兵に命令して、すぐに家族は捕縛させる。頼むから尋問から始めてくれ!」
イザークは目の前のやり取りが信じられなかった。普段は温厚で暴力の嫌いな領主が、簡単に自分の家族を捕縛すると約束しているのだ。
(駆け引きとか、全部吹っ飛ばしてそっちなの!?)
目の前のハロルドが本当のオーガに見えてくる。そして捕縛した奴らと聞き、襲撃か何かをして捕縛されたのだろう。どこまで捕縛されたのか分からないし、簡単に口を割るということはタルボット以外だと思った。
「す、すみません! 保身のために話しませんでした! 実は、」
「黙れ!」
イザークは知っていることを話して、自分や家族の安全を考えた。しかし、それをハロルドに止められた。
そしてハロルドはオーガが微笑んだらこんな笑顔になるだろう悪人顔を見せ、イザークに話しかける。
「話すのは家族の目の前でしてくれ。
「どちらが犯罪者か分からんではないかぁ」
エドワルドが呟く。
「あぁ、戦争の時のハロルド殿が夢に出てきそうだぁ。暫く食欲がなくなりそうだぁ」
カークが辛そうな表情で言う。それを見てエドワルドは真剣な表情でハロルドに話す。
「なあハロルド、確か自重するように説教していると言っていたよな?」
「おお、移動中もずっと説教してやったぞ!」
「だったらお前も自重してくれ、この者も長いこと顔を合わせてきた。さすがに家族が目の前で目を抉られたり、指を切り落とされたりするのは可哀そうじゃ。それに家族には幼い孫も生まれたばかりだと聞いておる」
「そ、そうか、だが、説教で儂の不満がな……」
「ふぅ~、自分の不満をこいつに向けるでない! 取り敢えず自白させてから、少しでも不自然なことがあってからにしてくれ」
「しかし、……」
「自重は大切だよなぁ?」
「くっ、じゃが、少しでも嘘や隠し事が見つかったら、特別に念入りに尋問して良いのだな!」
「そうだな。だがその時は家族ごと自分の領地に連れ帰ってからにしてくれ……」
エドワルドは諦めた表情でハロルドに頼む。
「おい、この人に駆け引きとか、どこまで隠そうとか考えるのは止めとけよ。不思議とそう言うことには勘の働く人だ。それで何度もあんな状況を……」
カークが昔を思い出しながらイザークに助言をする。それを恐怖の表情で首を縦に振るってイザークは答える。
「なんでも聞いてください! 全てお答えします!」
イザークは必死な表情でハロルドに懇願する。
「そうか、……では、冒険者ギルドぐるみで不正をしているのは知っているが、この領でもやっているのか?」
ハロルドの予想外の質問にイザークは絶望的な表情を浮かべるのであった。
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