第28話 懇願するソルン

ハロルドはソルンの予想外の行動にさらに警戒を強めた。


「商業ギルドの不正を告発すると言うのか?」


ハロルドはソルンに尋ねる。


「その通りでございます」


ソルンは落ち着いた表情で答える。


「なぜじゃ!?」


「先日の冒険者ギルドの一件は、我々商業ギルドにも情報は入ってきています。隠そうとすれば悲惨な結果しかないと判断しました」


ハロルドはソルンの返答にある程度納得した。しかし、今回の不正は告発したからと許せるものではなかった。


「告発したからと許されることでは無いのぉ」


ハロルドは気持ちを落ち着けて、のんびりとした雰囲気だが許すことは無いと言った。


「もちろんで御座います。罪をすべて見逃して欲しいわけではありません。今回の不正はギルドマスターの指示で私が職員に協力をさせて実行させています。

取り調べは必要かもしれませんが、すべては私が説得してやらせたことです。私がすべて報告させて頂きますので、職員や家族への拷問などはご容赦お願いします」


ソルンは丁寧だが真剣で覚悟のできた表情でハロルドを見て話し、最後は頭を下げて頼み込む。


しかし、ハロルドは怒りの表情を浮かべる。


「商業ギルドは女、子供を泣かせるようなことをしておいて、自分達の家族だけは助けろと言うのか!」


ソルンはハロルドの怒鳴り声で漏らしそうになるほど震え上がった。しかし、ここで引き下がるわけにはいかなかった。


「確かに不正はしておりました。結果的には色々な人に迷惑を掛ける事になったと思います。しかし、最初は領のためにもなると思ってギルマスの指示に従っただけで御座います。決して女、子供を泣かせようとしたわけではありません!」


それを聞いたハロルドは立ち上がり更に怒鳴りつけた。


「女、子供を売り払っておいて、どの口が言っておる!!!」


ソルンはハロルドが激怒して怒鳴ったことで、真っ青な顔になり少し漏らしてしまった。しかし、言っている意味が良く理解できなかった。


ソルンの渡した不正の証拠はエルマイスター家に納める家賃収入を誤魔化した証拠である。


ルークが最初に渡した書類もそれを調査した書類だが、すべては把握されておらず、適切に報告していることも間違えて書類に書かれていた。


エルマイスター領は大賢者が協力して作った町であり、その家や商店は何百年も利用されてきた。結果として空いている土地は無く、建物は全てエルマイスター家の所有物で家賃を徴収していたのだ。

それを代行していたのが商業ギルドで、貸してある物件を空き物件として報告してその差分を不正に商業ギルドが手に入れていたのである。


ソルンは覚悟を決めて説明する。


「確かにエルマイスター家に納める金額を誤魔化していました。しかし、ギルドマスターからはエルマイスター領へ来る商人を増やすためにその資金を使うと言われていました。

確かに不正は悪い事だとは理解しています。しかし、町が少しでも栄えるならと……。しかし、商人は増えないし、あのギルドマスターは自分で使っている気が……、うぅ、愚かな行いの罪は償います。でも、家族だけは……、グスッ」


良い大人が涙を流し、鼻水は垂らして泣きながら訴えるのをハロルドは見て、少し冷静になった。


(そう言えばまだ孤児院の話はしてなかったのぉ)


しかし、相手が泣いたからと許すつもりはなかった。ハロルドは落ち着いて話を続けることにした。


「エルマイスター家から商業ギルドに依頼していたのは他にもあるじゃろ」


ハロルドが座って話始めたので、ソルンも少しだけ落ち着いて話をする。


「は、はい、人頭税については住んでいる住人の数を誤魔化しているので、同じような状況になっています」


ソルンは書棚から別の書類を取り出して渡した。


「商人税については誤魔化していません。これが誤魔化した金額をギルドマスター個人のギルドカードに入金した記録です。そしてこれがギルドマイスターから指示された手紙になります。手紙は全て処分するように言われていましたが、全てここに残っています」


ソルンは書類や手紙の入った箱を出して全てハロルド達に提出する。


ハロルドは拍子抜けするほど簡単に、ソルンが証拠を出してくるので驚いていた。しかし、孤児たちの書類が出てこないので、逆にそれだけは隠しているのかと疑う。


「他にもあると思うがのぉ?」


「他ですか? 確かに物資の納品などの書類もありますが、特に不正は無いと思います」


ソルンは答えながらそれの書類を出す。そして残った最後の書類を見て思い出したように話始める。


「あとは孤児院の子供の仕事斡旋の依頼ですね。こちらが書類になります。前のギルドマスターの時は商人に依頼していましたが、今のギルドマイスターになった時に、隣の領のギルドマスターと正式に契約をして、斡旋をお願いするようになりました」


ハロルドはその書類を奪うように受け取ると中身を確認する。


ソルンはハロルドの様子に驚いたが、書類を読むハロルドを見ながら話をする。


「私は色々な町で働きましたが、孤児たちをこれほど大切にする領主様はハロルド様しか見たことが御座いません。孤児は奴隷として売られたり、酷い契約で働かされたり、心の痛い事が多かったです。

この領で嫁にした獣人の妻も、実は孤児院の出身でしてね。王都や他の町の現状を話すたびに、エルマイスター領で良かったと言ってまして、いつも領主様に感謝しています……。

だから、家族だけは何卒お許しください」


ハロルドは書類に不備もなく、両方の町のギルドマスターの署名がされていることを確認した。


そして考え込んでしまう。ソルンは嘘をついているようには見えないし、この書類を見るかぎり、不正があるとすれば隣領のギルドマスターが関与している可能性が高かった。


まずはソルンに話を聞こうと思い説明することにした。


「商業ギルドが斡旋したはずの場所に孤児たちが居ないのを確認しておる。孤児の知り合いの者が奴隷として売られて行く姿を見た者もいる」


ハロルドはソルンの反応を窺っていたが、話を聞いたソルンは口を開いて固まっていた。

ハロルドはソルンがバレてしまい固まったのか、知らないから固まったのか判断できずに迷っていた。


「あの馬鹿だ! あいつが孤児の事を考えて行動したのが不思議に思っていたんだ。そうか、そう言う事かぁ! 隣のギルドマスターまで絡んでそこまでやるかぁ! 俺があいつらを殺してやる。絶対にあいつらを許すかぁ!」


ソルンが激高する様子にハロルドもルークも驚いた。これまで丁寧に話していたソルンが汚い言葉で罵り始めたのである。それは、どう見ても演技ではなく本気で怒っていた。


「おいおい、少し落ち着くのじゃ!」


ハロルドがそう話すと、ソルンはハッとして我に返ったようだった。


「も、申し訳ありません。私も罪人でした……。ですが、お願いです! 証人でもなんでもします。あいつらだけは絶対に逃がさないで下さい。そして、……グスッ、そして、両眼があるうちに4人の妻と9人の子供の顔だけ見せて下さい。グスッ、な、なんでも正直に話します。目を抉るのだけはもう少し、指を切り落とすのも最後に家族を抱きしめるまでは待って下さい!」


ソルンはまた鼻水を垂らしながら泣き始め、土下座して懇願を始めてしまった。


ルークは先日の冒険者ギルドの一件で、多くの人達にハロルドのしたことが伝わっていることに気が付き、ジト目でハロルドを見るのであった。


ハロルドも前回はやり過ぎたと少し反省する。


「安心するのじゃ。正直に話せば儂はそんな事はしない。冒険者ギルドの職員も、ほれ、ランベルトも普通に暮らしておるじゃろ」


「私は家族さえ……。グスッ」


すでにハロルドはソルンを疑うのを止めていた。それなら協力してもらおうと考える。元凶を許すわけにはいかないからだ。


「のう、ギルドマスターはどこに居るのじゃ?」


「今はヤドラス領に家族と居るはずです」


ヤドラス領ということは簡単には手を出せなかった。


「たしか塩会議には来るはずじゃな?」


「はい、毎年参加しているはずです」


塩会議は農作物の収穫が終わった頃に、来年の塩の購入量を決める会議である。


ヤドラス子爵領は隣国と接しており、隣国からの塩の輸入を管理していた。ヤドラス子爵が交渉した金額で輸入量と価格が決まっているのが実情で、参加する貴族で職位の一番低いはずのヤドラス子爵が大きな顔でいつもやって来る。


隣接する国の貴族とヤドラス子爵が塩の価格を吊り上げている可能性は高いが証拠はなく、塩の必要な貴族は立場が弱くなっているのである。


その会議では塩とそれに代わる農産物や魔石が取引材料になっている。そのため、会議終了後にそれぞれの領の商業ギルドのギルドマスター達が、それらを更に分配して輸送するために参加しているのである。


「ふむ、それまで、今回の件はそれまで秘密にしておけるか?」


ソルンは少し考えてから答える。


「実はギルドマスターが王都から連れてきた職員が2人います。1人は妾の女で金の代わりに職員として雇っているようですが、仕事はほとんどしていません。ギルドマスターの宿舎で生活しています。もう一人は私や他の職員を見張っている感じです。定期的にギルドマスターに何か報告の手紙を送っていますので、彼をおさえないと不味いですね」


「よし、それではその2人は尋問の為に拘束する。それ以外には話を聞くが拘束はしない。しかし、裏切ったやつには覚悟させろ。ルーク、お前はソルンの監視と情報の共有をしろ。やはり、商業ギルドともやり合う事になりそうじゃ!」


ハロルドは結果的にアタルの考える道を進むことになると考えるのであった。

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