第8話 追い詰められる司教
少し時間は戻り、アタルがダンジョン町の整備を始めた頃、中央役所の応接室でハロルドがセバスに愚痴を溢していた。
「セバス、本当に司教と会わねばならんのか?」
面倒臭そうにハロルドはセバスに問いかける。
「はい、何度も面会を申し込まれていますし、そろそろ教会との関係も明確にする必要があります」
セバスは丁寧だが、逃がしませんという雰囲気でハロルドに話す。
「しかし、ポーションの問題が無くなったから、教会は放って置けばよかろう?」
「実は教会の手の者が、大賢者区画に何度も侵入して調べようとしていました。それ自体は封鎖していますので排除できていますが、あの区画を開放するとなると、今のうちに釘をさしておきたいと思います」
「どうせ何もできまい」
「報告では、明日にも冒険者ギルドの新しいギルドマスターが到着します。両方を相手するほうが面倒だと思います」
ハロルドは諦めた顔をする。
「わかった。いつ司教は来るのじゃ」
「1時間、いえ、2時間ほど前から別室でお待ちです」
ハロルドは呆れた顔でセバスを見つめるが、すぐに溜息を付くとセバスに指示する。
「ふぅ~、わかった。連れてまいれ!」
セバスは部屋の外で控えている役人に指示を出すのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
司教はイライラして、一緒に連れて来たポーション販売の助祭に八つ当たりのように文句を言っていた。
「どういうことだ! やっとハロルドに面会できると言ったのはお前だぞ。なんで司教の私がこんな小汚い部屋で待たされるのだ!」
部屋は汚くは無いが、教会の司教に対する扱いにしては粗末な部屋であった。
それでも助祭は、ハロルドの面会は忙しいからと何度も断られていた。
なんとかエルマイスター家の執事に頼み込んで、やっと面会にこぎつけたのである。
「しかし、領主様のお忙しい状況で無理にお願いをして、面会のお時間を頂いたのです」
「だからといって、司教の私をこのような部屋で何時間も待たせるのは非常識だろう!」
確かにこれまでの教会の立場なら、許されない暴挙ともいえるだろう。
しかし、すでにポーションという最大の武器が無くなってしまった教会として、助祭はどうすることもできなかった。
司教もそれは理解できているのだが、これまで常に優位に物事を進めてきたので、我慢できず苛立っていた。
するとノックして役人が迎えに来た。
助祭はホッとしながらも、役人に愚痴を溢す司教を見て、先日のワルジオとの面談を思い出し、不安を覚えるのであった。
◇ ◇ ◇ ◇
司教は部屋に入るなり嫌味を言い始める。
「司教である私を待たしておきながら、ハロルド殿がのんびりとお茶を飲んでいるとはどういうことですかな?」
司教は部屋に入るとのんびりとお茶を飲むハロルドを見て、内心では怒りで怒鳴り散らしたいが、必死に作り笑顔を見せて穏やかに言った。
「忙しくてやっとお茶を飲む時間ができてのぉ。司教は儂がお茶を飲むことも許さないと言うのじゃな?」
とぼけた感じでハロルドが答える。
「いえ、そう言う訳ではありません。私も忙しい身ですがお茶も出されずに数時間も待たされていたので、驚いてしまったんですよ」
司教は主導権を取ろうと考えて、さらに嫌味を言う。
「助祭殿には説明してあったと思いますが、ハロルド様だけでなく役所も忙しくて面談は難しいと何度もお答えしたはずです。しかし、助祭殿からどうしてもお願いすると言われたので、待たせることになると伝えてあったはずですが、それも聞いていないと言われるのですか?」
セバスは露骨に不満顔になり、助祭を見ながら説明する。
「だから儂は面会など時間的に無理だと言ったのじゃ。やっと茶が飲めたというのに、やはり面会は別の日にしろ!」
「申し訳ありません」
セバスがハロルドに謝罪する。
司教はワザとらしいふたりのやり取りに、拳を固めて怒りを抑える。
(ここは堪えるしかない!)
司教は追い詰められた状況になっていたのだ。
商業ギルドの副ギルドマスターは、司教が説明と謝罪に来ないと激怒して、ワルジオの件を王都の商業ギルドに報告してしまった。
商業ギルドは正式に抗議はしなかったが、支部から報告された内容を王都の教会に伝え大司教まで話が伝わってしまったのだ。
司教はワルジオに責任を押し付けたが、責任者である自分にも責任を追及する声が上がっている。
それを何とか回避するためにも、エルマイスター家で何が起こっているのか把握しないと不味い状況になる。
大賢者の屋敷やその周辺にも変化が起きていたので、それらも含めて調査を始めたが、何人も拘束されてしまっているのが現状であった。
(何としても大司教が喜ぶような情報を手に入れねば!)
「いえいえ、こちらこそ申し訳ありません。助祭が私に伝えていなかったようです。どうかお許しください」
司教の自分が頭を下げるなど信じられない気持ちだった。しかし、プライドなどなんの役にも立たないと自分に言い聞かせる。
ハロルドは嬉しそうに微笑んで心の中で笑い声をあげる。
(これは楽しいのぉ。癖になりそうじゃあ、ハハハハ)
「仕方ないのぉ。まあ、聞いていないのなら、今回だけは許すかのぉ」
「あ、ありがとうございます」
これまでにない怒りに震えながらも司教は頭を下げる。
「うむ、それで、今日は謝罪と説明に来られたのか?」
「「えっ」」
司教と助祭は予想外のハロルドの問いかけに、驚きの声が出てしまった。
「なんじゃ、ワルジオ司祭がエルマイスター家を騙そうとしたから、その謝罪と説明に来たのではないのか?」
言われて助祭はすぐに前回のポーションをエルマイスター家に納品していないが、商業ギルドに納めたのは、エルマイスター家に納品する予定だったポーションだったと気が付く。
司教はその事にまったく気付いておらず、なぜエルマイスター家に謝罪する必要があるのか理解できなかった。
「助祭殿、前回納品しようとしたポーションは、あの後すぐに商業ギルドに持ち込んだことはエルマイスター家にも連絡がありました。そのポーションが信じられない程酷い物だったと聞いていますが、間違いなんでしょうか?」
セバスが問い詰めるように助祭に質問する。
この時にようやく司教もハロルドの言った意味を理解した。
(これでは情報収集どころでは無いではないか!)
司教はワルジオの行いで、ここまで自分が窮地に立たされるとは予想していなかった。
「も、もちろん、その件の謝罪もさせて頂きます。教会もワルジオの事は問題だと判断しています。近日中に王都の教会から審議官が来て取り調べをする予定です」
王都の教会から審議官が調査に来るのは本当のことだった。審議官はワルジオの調査が中心になるが、自分達も調査されることになる。
だからこそ、それまでに少しでも情報を集めて、自分の身を守ろうと司教は考えていたのである。
「ふむ、では先にエルマイスター家でワルジオの件を調査する。ワルジオを引き渡してくれ」
(そんな事ができるかぁ!)
教会の司祭を領主に差し出せば、知られては不味い教会の秘密が漏れる可能性がある。そんな事をすれば絶対に自分の立場は不味い事になる。
「ハロルド様、お怒りは理解できます。ですが、教会で調査して報告しますので、それまでお待ちください!」
司教は必死にハロルドに頼み込む。
「待てぬな! 我が領内でエルマイスター家を騙そうとした犯罪者を、自分達と関係ない所で調査されて報告を待つなど、儂にはできんのぉ」
ハロルドはさらに司教を追い詰める。
「それに本当にワルジオ司祭だけの犯行とも限りません。司祭程の立場の者がひとりだけでやったとは思えません。教会内部に協力者がいたとも考えられますし、最悪の場合、教会自体の犯行とも考えられます」
セバスも一緒に司教を追い詰めるのだった。
「お、お待ちください。決してそのような事はありません!」
「それは調べてみないとわからぬのぉ。ワルジオを渡さないのも、何か他にも隠しておる可能性もあるのぉ」
「これまでに納品されたポーションでも、兵士が回復せずに亡くなったこともありました。以前から同じような事をしていた可能性もあります」
司教は話が予想外の方向に進みだして、混乱していまい反論すらできなくなっていた。
「そうじゃな、おい、騎士団長のアランに第1部隊を集めるように連絡せよ。そして今から教会に乗り込むと伝えよ!」
「はっ!」
護衛の為に部屋の入口付近にいた兵士の1人に指示を出すと、兵士はすぐに部屋を出て行った。それを見た司教はようやく焦ってハロルドに抗議する。
「そ、そんな事は神がお許しになりません!」
「ほう、神がお許しにならないのは、教会の仕出かしたことではないのか?」
「そ、それは、……教会でなくワルジオの罪で、」
「それを確認するのじゃ! おい、司教も拷問して、」
「ハロルド様!」
「んっ、おぉ、司教も尋問するぞ。尋問するときは、きちんと指から切り落とせよ!」
「はっ!」
セバスはハロルドの発言に溜息を付く。
司教と助祭は真っ青な顔である言葉を思い出していた。
『クレイジーオーガ』
((彼に神の名を使った脅しは効かない!))
「どうか、どうか、お許しください! できることは何でもします!」
司教は自分まで拷問されるのだけは不味いと考える。
(自分は痛みには耐えられない! そうなれば教会の秘密を話してしまう!)
ワルジオを差し出すことも考えるが、ポーション関係の司祭なら教会の秘密を知っているはずだと思い出す。
(どうせ漏れるならワルジオから秘密が漏れた方が……、いや、結局は責任を取らされて、私も闇に葬られるだろう)
そこにセバスから救いの提案をされる。
「ハロルド様、司教には真実の報告する契約をしてもらい。ワルジオが来てからのポーションの代金を返して貰いましょう」
司教はその提案に乗ろうとしたが、すぐにハロルドが制止する。
「ダメじゃ。教会の不始末で亡くなった兵士が浮かばれん! 家族も悲しい思いをしているのじゃ!」
「では、ポーションの代金と同額を賠償金としてお支払いします!」
司教はエルマイスター領に来てから、個人的に貯め込んだ金をすべて払ってでも、自分やワルジオの尋問を避けようと必死になる。
(死ねば金など使えない!)
「ハロルド様、司教もここまで言っているのです。教会自体が関与している可能性は低いです。それに賠償金が出れば兵士の家族は喜びましょう」
「ふむ、……仕方ないのぉ。ただし契約書をしっかりと作って全面的に教会が悪かったと認めてもらえ。金も即座に払うという、条件付きで受け入れよう!」
「あ、ありがとうございます!」
ハロルドもセバスも司教を完全に追い詰める気はなかった。
少しでも多く賠償金を貰い、教会が下手の動きをすれば、本気で自分達が教会と喧嘩する気があると見せたかったのである。
そこに騎士団長のアランが到着した。
「アランすまんのぉ。司教が全面的に罪を認め賠償金を払う事になった。教会へ乗り込むのは保留じゃ。これからセバスが代理で司教と契約をする。少しでも文句を言うようなら、保留は撤回じゃ!
契約しても今日中に賠償金を払わない場合も同じじゃ。アランには面倒をかけるが賠償金の受け取りを頼む。
儂は他にも用事がある後は頼んだぞ」
「お任せ下さい。できれば司教の拷、尋問は私がしたかったので残念ですねぇ」
「それなら司教が約束を破るのを期待するのじゃな、ハハハハ」
司教はすでに交渉の余地がない事を知り、諦めるのであった。
ハロルドはすぐに訓練施設に行って訓練をしようと考えるのであった。
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