第15話 兵士の教育
レベッカ夫人は嬉しそうに孤児院に向かって行った。
夫人としては孤児院の院長と話をすることよりも、待機所で見つけたトイレやウォーターサーバーの納品を気にしていた。
シア達の雇い入れはこの住まいなら問題ないどころか、働き先として条件が良すぎると言われた。
私は雇い入れの件よりも、魅了スキルにあたふたしないで済むことにホッとする。
奥の扉を出てハロルド様達の様子を見に行くと、クレアさん達は遠くで訓練するハロルド様の様子を見ていた。
「どうですか?」
「はい、説明に最初は一緒に奥に行きましたが、我々はここで待機しているように指示を受けました。様子を見る限り問題なく訓練できているようです」
クレアさんは丁寧に説明してくれたが、いつもより表情が硬い。
何かあったのかな?
するとカルアさんが話をしてくれた。
「我々は何度も訓練しているのだから、明日から護衛は別の者に来させると……」
まさかそんな話をハロルド様が?
「ハロルド様がそう話したのですか?」
「いえ、ハロルド様の護衛の者がそのように……」
クレアさんが言い難そうにそう話す。ハロルド様が言い出したのでないことにホッとする。正直そんな事で、これまで上手くいっていることを、簡単に変えられるのは納得がいかない。
「訓練を暫くはしないように、私がお願いしたことは話しましたか?」
「はい、そのことは説明しましたが、何とかすると……」
クレアさんは、告げ口するみたいで嫌なんだろうけど、訊かれたら嘘を答える訳にはいかないのだろう。
「そうですか……」
少ししてハロルド様達が戻ってくる。
「アタル、MP最大値が増えたかはわからぬが、身体強化をずっと続けていてもMPが減った感じがせん。これなら最高の訓練ができそうじゃ、ワッハハハ」
「それは良かった。でもクレアさんから聞いたかもしれませんが、身体強化が使えないと魔力酔いになって、気分が悪くなったり、意識を失うことになったりしますから注意が必要です」
すると護衛の一人が横から話に割込んでくる。
「それは問題でしょう。しかし注意すれば大丈夫かと思いますし、いざとなれば救助するものが居れば問題ありません。閣下、明日から交代で護衛の担当を変えて訓練というのはいかがでしょうか?」
ハロルド様は少し考えてから、私に訊いてくる。
「アタル、それは可能か?」
「護衛を代えるのは止めてもらいたいです。孤児たちの事もありますし、知らない人を毎日代えるのは嫌ですね」
意見を言った護衛ともう一人の護衛も不満そうな顔を露骨にしている。それでも先程の護衛が続けて話をしてくる。
「では、護衛はそのままで、訓練に人を派遣すれば問題ないでしょう」
アンタは私が訓練を止めるようにお願いしたのを知っているよね?
ハロルド様が私の顔を見てきたので仕方なく答える。
「それもお断りします。作業の邪魔になるので、クレアさん達にも訓練しないようにお願いしたばかりです」
「作業より兵士の訓練が優先事項だ! そんなことも分からんのか!」
なんで私が文句を言われるんだ!
「よせ!」
「しかし、訓練が、」
「止せと言っているんじゃ!」
それでも不満そうな顔を護衛がしている。
「アタル、すまんのお」
「いえいえ、ハロルド様が気にしなくて良いですよ。ただ、彼には二度とここに来ないように言ってもらえますか?」
「なっ、貴様無礼だろうが!」
バキッ!
突然ハロルド様がその護衛を殴り飛ばした。
「閣下、何を、」
ドン、ボゴ、バキッ、ボゴ、ボゴ、ボゴ!
おお、倒れている相手の頭に蹴りを入れようとしたら、手で庇ったから腹を蹴って、腹を手で押さえた所で、顔面に蹴りを入れて、気を失った所で、腹に3連発の蹴りを入れたぁ。
素晴らしいコンボだ!
「アタル、本当にすまんのぅ」
ハロルド様は、まるで人の良い歳寄りみたいなことを言っているが、やっていることとギャップが違い過ぎる。
気絶している男の頭を踏んづけて言うセリフじゃねぇー!
「いえ、大丈夫です」
これ以外の返事など出来るかぁ!
「確かこいつはアランの次男坊だったのぅ」
えっ、騎士団長の息子なの!?
「おい、お前!」
「は、はい!」
コイツも不満そうな顔していた気がする。今は怯えたような顔して震えているけど。
「すぐにアランを呼んでこい。全力で呼びに行かんと許さんぞ!」
「わ、わかりました」
敬礼したと思ったら全力で走り出した。
「まさかこんな愚か者が騎士団に居るとはなぁ」
ボコォ!
そう言いながら腹を蹴るのは……怖い。
クレアさん達も直立不動で整列している。
「アタル、どこに行く?」
「いやぁ、ハロルド様が恐いからクレアさん達と並ぼうかと思って」
「ワハハハハハッ、アタルは面白いことを言うのぅ」
全然面白くありませんよぉ。
それから驚くほど早く、騎士団長のアランさんが10名近くの兵士を連れてやってきた。
真っ青の顔で現れたアランさんは、鼻血を出して気絶する息子のことは碌に見ないで、ハロルド様の前に跪いた。
「申し訳ありません!」
「儂はこれほど情けない思いをしたのは久しぶりじゃな。まさか儂の配下の者が、客人にこれほど無礼を働くとはのぅ」
「申し訳ありません!」
「謝罪ではなく、説明して欲しいのじゃ!」
ハロルド様が怒鳴ったせいなのか、気絶していたアランさんの息子が目を覚ましたようだ。
「ち、父上、なぜここに?」
バキッ、ボゴ、バキッ、ボゴ、バキッ、ボゴ。
おうふ、アランさんがマウントを取って、自分の息子に左右のパンチを……。
「アタル殿、ポーションを持っていますか? お金は支払いますので譲っては頂けないでしょうか?」
お金は要らないけど治すんだ。
ポーションの入っている水筒を渡すと、息子の顔に掛けている。
アランさんもさすがに息子のことが心配なんだねぇ。
血だらけで腫れ上がった顔が治ると、軽く頬っぺたを叩いて息子の目を覚まさせる。
息子は目を覚ますと、少し怯えた表情をしている。
バキッ、ボゴ、バキッ、ボゴ、バキッ、ボゴ。
えっ、治したのにまたぁ!?
それからポーションが無くなるまで、何度も同じことを繰り返した。
息子は怯えた子犬のような顔で正座させられている。
「閣下、首を刎ねますか?」
えっ、ええええっ!
「そうじゃのう。アタルはどんな罰を望む?」
うそ~ん、それを私に聞かれてもぉ!?
「べ、別に、これ以上の処罰は望みませんが、これって、私が逆恨みされて何かされる事はないですかねぇ?」
「う~ん、そうじゃのう。確かにこういう輩はそういうことをする馬鹿が多いしのぅ」
「やはり、首を刎ねますか?」
アランさん、アンタの息子だろうがぁ!
息子が必死に首を左右に振って、泣いてるのに可哀想だろぉ!
「いやいやいや、首を刎ねるのはどうかと思いますよ」
ほら、本人も首を縦にブンブンと振っていますから。
「アタル殿、自分の仕える主の客人に無礼を働いたら、首を刎ねられるのは当然の事です」
この世界は怖いと思うが、確かに貴族社会とかだとあり得そうな話ではある。
でも、自分としてはさすがにそれほどまでの罰は要らない。いや、自分のせいで人が死ぬのは見たくない。
確かに腹は立ったが……。
「まあ、急いで決めることでもあるまい」
ハロルド様がそう言ってくれて、正直ホッとする。
「では、牢に監禁しておきます。おい、コイツを連れて行け!」
結局、新たに連れてきた落ち着きのある年配の兵士が護衛として残ったのだった。
クレアさんを除く私の護衛は、そのまま訓練して良いと言われ、嬉しそうに訓練を始めた。
それ以外は待機所の中に入ると、ハロルド様とアランさんと私はテーブルに座り、クレアさんと新たな護衛2人は、それぞれ護衛対象の後ろに立っている状態だ。
「アタルには本当に申し訳ない!」
改めてハロルド様が謝罪して、アランさんも頭を下げている。
「いえ、それほど謝られても困ります。ただ、できれば処刑とかは止めてください」
私がそう話すと、何故かハロルド様とアランさんは笑顔で顔を見合わせる。
「そんなことはしないから安心してくれ」
「いや~、今回は自分の息子がやらかすとは思いませんでしたよぉ」
んん? なんか先程の首を刎ねろといった雰囲気が無くなった?
「本当にアタルにはすまんことをしたのぅ」
「全くです! さすがに息子がやらかしたから、本気でお仕置きをしてしまいましたよ」
「おお、儂も少し腹が立って、本気で何度か蹴ってしまったからのぅ」
「「ワッハハハハハ」」
予想外の雰囲気の2人を、不思議そうに見ていると、アランさんが説明してくれる。
「実は兵士になって騎士団に入る者は、鼻っ柱が強いものが多くて、たまにこういった引き締めをするんですよ。
ですが、厳しい領なら本当に首を刎ねられても不思議でない場合が殆どで、これで反省しなければ、本当に首を刎ねるつもりではあるんですよ」
という事は教育の一環に付き合わされたという事かなぁ?
「この2人も随分前に牢にぶち込まれた経験があるからのぅ」
後ろの護衛2人を見ながら、ハロルド様が話をした。二人の護衛は苦笑いをしている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます