第9話 テンプレはお断り
耳を澄ますと確かに人の声のようなものが聞こえてくる。
「え~と、戦闘と言うと人が人と戦っているという事かな?」
自分の聞こえる音だけでは全然判断が出来ない。
「違う! たぶんウルフの群と戦っている」
おっ、そう言えば!
「シャルは白狼族で神獣の眷属なら、ウルフを何とかできたりしない?」
「出来る訳ない!」
そ、そうですか……。
「こういう時は如何したら良いのかな?」
「知らない! アタルは魔法使えるし、ポーションもあるから、何とかできるでしょ!」
あなた、さっきは強そうに見えないって言ったよね!
こんな異世界転生のテンプレは、生産チート系の自分にはお断りしたいんですが。
「ウルフと戦ったことは無い、」
「あっ、誰かが怪我したみたい!」
そ、そんな~。
遠魔弾で遠くから援護なら……やりたくないよ~!
「す、少し近づいて様子を見てみるよ。二人は休息所に避難して」
「アタルだけでは心配。私もついて行く!」
「ミュウも一緒に行く!」
引き止めようとしたが、二人は走り始めてしまった。私も追いかけようとしたら、シャルに振り向いて叱られる。
「足音がうるさい。もっと静かに走って!」
なんで12歳の子供に叱られているんだろう。
出来るだけ音を立てないように走って行くと、怒鳴り声が岩の向こうから聞こえてくる。
岩に近づくと先ほどより大きく声が聞こえてくる。岩の所まで来ると8頭の魔物がマップに表示されているのが確認できた。
岩陰から少し顔を出して様子を見てみると、20頭以上のウルフに8人ほどの騎士の様な男たちが囲まれて戦闘しているようだ。
騎士の後ろには馬車があり、1頭の馬はすでに死んでいるのか血だらけで倒れている。もう1頭の馬も怪我をしているのか、前足の上のあたりから血を流しているが、何とか立っていた。
よく見ると騎士の真ん中には他の騎士より一回り体は大きいが老齢の騎士がいる。その隣には一回り小さい女騎士がいた。
ウルフ達は連携をとり攻撃を繰り返しているようで、奥には一回り大きなウルフがいた。
何とか騎士達も攻撃を躱しながら反撃しているようで、ウルフたちも血を流している個体もいる。しかし騎士側も血を流している者もおり、劣勢なのは何となく判った。
アタルは援護すべきか少し考えたが、ウルフは自分の知っている狼より一回り大きく、自分の魔弾が通用するのか不安がある。シャルが目で私に何か訴えてくるが、もう少し様子を見ることにする。
すると真ん中の老騎士が声を上げた。
「踏ん張れーい! ウルフの攻撃に合わせて反撃して倒せ~!」
その声に反応したウルフの1頭が、老騎士の左から攻撃してきた。老騎士は1歩前に出て躱すと、そのウルフの首に剣を叩きつけた。ウルフは半分ほど首が切れて倒れた。
「閣下危ない!」
ちょうど背を向けた老騎士に別のウルフが襲い掛かる。
それを見ていた隣の女騎士は老騎士を庇おうと、ウルフと老騎士の間にとっさに移動した。
無理に移動した為に体制を崩した女騎士は、ウルフに腹の辺りを噛み付かれる。
「キャア!」
女騎士は噛まれた衝撃で叫ぶ。
アタルは思わず岩陰から中魔弾を撃つ。幸い魔弾は噛み付いたウルフに当たり口を離した。
「クレア!」
老騎士はそう叫ぶが、すぐに視線をウルフたちに向け防御の体制に戻った。
距離に合わせて中魔弾と重魔弾を撃ち始めると、それを一瞬見た老騎士はさらに声を上げる。
「この隙に反撃せよ!」
他の騎士も動きが止まっていたが声を聞き反撃を始める。
ウルフたちは予想外の方向からの攻撃に、騎士達以上に混乱しているようで連携が崩れているようだ。
その隙に騎士たちが反撃を始めたので、すぐに4頭のウルフが倒された。
それを見ていた大きなウルフが吠えると、2頭のウルフがアタルの方に向かってくる。
アタルは自分に向かってくるウルフを見て、焦って軽魔弾を連射する。
向かって来たウルフの1頭の目に魔弾が当たると、目にめり込んでウルフは倒れる。もう1頭も顔に魔弾が当たると、倒れはしなかったが逃げて行った。
ウルフを倒すことが出来たが、混乱と恐怖で無茶苦茶に魔弾を撃ち始めた。
殆どが当たらないか、途中で魔弾が弱くなり、攻撃としての効果は少なかったが、ウルフたちはアタルの方に意識を向け始める。
そうなると騎士への警戒が緩くなり次々とウルフが倒されていく。気付くとウルフは半分以上倒されているようだ。
「ウオーーン!」
すると大きなウルフが長めに吠えるとウルフたちは逃げ始める。それでもウルフが見えなくなるまで魔弾を撃ち続けた。
「そこのおぬし、援護してくれて助かったぞぉ!」
老騎士にそう声を掛けられたが、放心した状態で返事が出来なかった。
「怪我したものはポーションで治療せよ。警戒は怠るなぁ! 治療が終わったものは倒れているウルフが確実に死んでいるか確認せよ!」
「「「おーー!」」」
そのやり取りを何となく見ていたが、ストレージからポーションの入った水筒を出し一口飲む。
シャルが背中を突くので、ゆっくりと彼らの方に歩いて行く。途中で自分の倒したウルフが居たが、大きく避けるように歩いて行く。
彼らに近づくと老騎士と倒れている女騎士のやり取りが聞こえてくる。
「クレアすぐに治療するから待っておれ!」
「閣下、ポーションは…自分にお使い…下さい…」
「何を言っておる、儂はこれくらい大丈夫じゃ!」
「わ、わたしは……もう…ポーションでは…」
その時、馬車から12歳ぐらいの少女が出てきた。少女はすぐに女騎士の状態を見て顔を真っ青にして話始めた。
「ク、クレア! 大丈夫なの…お爺様、クレアは大丈夫ですか!」
「アリス……アリスは馬車に戻ってなさい!」
「嫌です。クレアが一緒で無ければ嫌です!」
「お、お嬢様…申し訳ありません…私は…」
やり取りを聞いていたアタルだが、大量のポーションを持っているので何とかなるかもと思い話に割込んだ。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
すぐにポーション入り水筒を取り出すと女騎士に近づいて、
「き、傷を見せてください。」
そう言うと手で抑えている傷を見る。少し内蔵なようなものが出ており、それを見て吐きそうになるのを我慢して水筒の栓を外す。
「ポーションを掛けます!」
水筒を逆さにして傷口にポーションを振りかける。ウルフに噛み裂かれた傷口が少しずつ塞がっていく。
「て、手を放してください!」
クレアが手を離すと更にポーションを振りかける。不思議なことに傷口は塞がりながら出ていた内臓も中に入っていき、すぐに傷口は完全に塞がった。
「これを飲んでください!」
クレアが躊躇したので、
「飲んでください!」
少し強く命令した。今度は素直に飲んでくれた。すると傷口の有った辺りが弱く青白く光った。
「もう一口飲んでください。」
今度も素直に飲んでくれた。
ポーションを飲むと先ほどより狭い範囲で青白く光る。それを何度か繰り返し最後は水筒のポーションがちょうど無くなり青白く光らなかった。
「ど、どうですか?」
そう尋ねるとクレアは傷のあった辺りをさすり、何かを確認するようにお腹を触ると、少し体を起こした。
「痛くないし違和感もない。傷も消えている!」
それを聞いたアタルは全身から力が抜けたようになり地面に手をついた。
「クレア、良かった! 本当に良かった!」
先ほどお嬢様と呼ばれた少女が叫んだ。
アタルは顔を上げると、そこには目に涙を溜めた少女の姿があった。
振り返って老騎士の方を見ると、非常に驚いた表情をしていて、自分と目が合うと笑顔になり、背中をバシバシ叩き始める。
「おぬしは本当に何てことしてくれたんだ。最高じゃよ! がっはっはっはー」
そう言ってさらに自分の背中を叩きながら豪快に笑う。
そこに他の騎士がやってくる。
「閣下、一人腕に重傷を負った者が居るのですが、ポーションは余ってますでしょうか?」
その騎士は申し訳なさそうに老騎士に話をした。それを聞いてすぐに新しいポーション入りの水筒を出す。
「これを使って下さい。まだ沢山あるので遠慮は要りません。」
ストレージから出した水筒をその騎士に渡した。戸惑いながら受け取った騎士は老騎士の方を見る。
騎士が老騎士の了承が欲しそうにしていたのでアタルも老騎士を見る。よく見ると老騎士も太腿の辺りから血が出ている。それを見て更にもう一つ水筒を出す。
「爺さんアンタも怪我しているじゃないか。遠慮なくこれを飲んでくれ!」
そう言って水筒を渡すと、老騎士は一瞬驚いた顔をしたがすぐ笑顔になる。
「お前たちも治療が優先だ! 遠慮なくポーションを使わして貰え!」
そう言って老騎士はポーションを飲み始める。
「おぉ、このポーションは少し青臭いだけで飲みやすいな!」
騎士はそれを見て安心したのか、水筒を持って来た方へ戻って行く。すると今度は普通の服装の男が老騎士に近づいて来る。
「閣下、馬が1頭ウルフに殺され、もう1頭も怪我しているようで馬車を動かすことが出来ません。」
それを聞いた老騎士は渋い顔をした。
ストレージから水筒を再び出すと。
「だったら馬もポーションで治しましょう!」
「えっ、高価なポーションを馬に?」
その男と老騎士はまた驚いた顔をしていたが、すぐに馬の方に向かって歩き始める。
暗くなってきたし、ウルフが戻ってきたら不味いよ!
実はこの辺りにいるのが怖かった。すでにだいぶ暗くなり始め、早く休息所に戻って安心したかった。
だが自分達だけ休息所に戻るわけにもいかず焦っていたのである。
馬の方に行くと1頭が死んでおり、もう1頭は怪我をしながらも、繋がっているもう1頭が倒れているために、引っ張られるのを踏ん張って堪えていた。
死んだ馬に触れるとストレージに収納し、もう片方の馬に近づくと、怪我した部位にポーションを振りかけた。
傷が塞がるのを確認すると、大きめの木皿を出してそこにポーションを入れる。その木皿を馬の顔に近づけると、馬は自分からそれを飲み始めすぐに飲み干した。
「これで何とかなります?」
驚きの表情を見せる男にそう聞いたが、頷くのを確認するとすぐに老騎士の方に歩いて行く。
老騎士は他の騎士と死んでいるウルフの片付けと、亡くなった騎士がいるようで、その処理をどうするか相談していた。
すぐに自分に任せてくれと申し出るとサッサと作業を始めた。
ウルフの死体を次々とストレージに収納していく。収納するのに触れる必要があるのがつらい。
騎士の死体を見たときはさすがに吐いてしまった。
騎士の一人が背中を擦ってくれたが、早く移動したいので、吐き気を何とか我慢して作業を終わらせる。
作業を終わらせると、ちょうど馬車の準備が出来たので、すぐに一行は移動を開始するのであった。
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