第3章 九条琢磨 16

 3人は驚愕の表情で琢磨を見つめている。琢磨は平静を装っているが、内心は焦りしかなかった。


(皆驚いているな・・。舞さんだって凄い目で見ている。まあ・・無理も無いか、何しろ言い出したこの俺が一番驚いているんだからな。)


「お、おい・・・お前。その話は本当なんだろうな・・・?レンを俺に渡さない為に口から出まかせを言ったんじゃないよな?」


「ええ。当然ですよ。出まかせでこんな事言える人間がいると思いますか?そうですよね?舞さん。」


琢磨は舞の名を呼んだ。


「え?あ、は・はい!」


一方の舞は咄嗟に名前を呼ばれて思わず返事をしてしまった。それがレンの父親を勘違いさせてしまったのだ。


「な、何だって・・・・お前。まさか本当にこの男と・・・?」


レンの父親はぎらつく目で舞と琢磨を交互に睨み付けた。


「ええ、分かりましたか?時期に私たちは入籍し、レン君を正式に自分の子供として養子に迎えるつもりです。それに・・貴方は随分暴力的な男だ。そんな貴方の元に大切なレン君を渡すわけにはいきませんからね。」


琢磨はこの男からレンを諦めさせるにはなりふりなど構っていられないと思い、出まかせを言った。


(何、この場限りの嘘だ。それに・・・。)


舞となら・・別に嘘から始まっても家庭を築いてもいいと半ば心のどこかで思っていた。自分の子供でもないのに、レンを我が子のように愛情を持って育てている姿は好ましかったし・・・何よりかつて自分が思いを寄せた朱莉を彷彿させたからだ。


「く、くそ・・・っ!このままで済むと思うなよ!」


場が悪いと思ったのか、レンの父親は立ち上がると逃げるように部屋を出て行き・・・後に残されたのは琢磨に舞、そして園長の3人だけであった。



「あ、あの・・・九条さん・・・。」


舞が何か言いたげに琢磨を見た時・・・。


「まあ・・でもとにかくあの男性がいなくなってくれて本当に良かったわ・・・。それに・・貴方は・・。」


園長は琢磨を見た。


「九条です、九条琢磨と申します。」


琢磨は頭を下げた。


「そう、九条さんとおっしゃるのね・・・。まさかこんなり立派な方とお付き合いしていたなんて・・・でももうじき入籍されるのね?おめでとう。」


園長は舞を見ると言った。


「は、はい・・・。」


舞はひきつりながら返事をした―。



****


「どういうつもりですか?九条さん!」


車の中で舞は琢磨を問い詰めた。


「すみません・・・あの男からレン君を守るにはああするしかないと思ったので。」


琢磨は素直に頭を下げる。


(そうだよな・・・彼女はどう見ても俺より10歳近く若いんだ。こんな俺とたとえ嘘でも結婚の話が出れば不快に感じるに違いない。)


しかし、舞は意外な事を言った。


「九条さんみたいな・・・・大人の素敵な男性が・・こんなまだまだお子様でフリーターの私が相手だってことで・・例え嘘でもご迷惑を掛けたくないんです。」


「え・・?」


琢磨は舞の顔を見た。するとますます舞は赤面しながら言う。


「つ、つまり・・・例え、嘘でも私みたいな女が九条さんの相手と名乗るのは・・申し訳ないなって思ったんです・・。」


「本田さん・・・。」


「あの、でも本当に助かりました。これでしばらくはあの男は幼稚園には来ないと思うんです。ありがとうございます。」


舞は頭を下げるが、その顔はまだどこか不安気だった。そこが琢磨は引っかかり、舞に尋ねた。


「何だか・・・浮かない顔をしていますけど・・まだ何かあるのではないですか?」


「え、ええ・・・あの人が・・家に来なければいいなって思った・・だけですから。」


「え?もしかして・・家を知られているのですか?」


すると舞は小さく頷いた―。




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