第2章 京極正人 9

「ただいま戻りました。」


ガチャリとドアを開けてマンションへ戻ってくると、京極が慌てた様子で玄関までやってきた。


「飯塚さんっ?!」


「な・・何ですか・・?そんな血相を変えて・・・。」


レジ袋を下げた飯塚は京極の初めて見る慌てぶりに驚いた。


「よ・・・良かった・・遅いから・・心配になってしまって・・・。」


ふう~・・と溜息をつきながら京極が言う


「は?遅いって・・今何時ですか?」


「15時・・ちょうどくらいです。」


「何ですか?外出してまだ2時間も経過していないじゃないですか?子供のお使いじゃないんですから・・いくら何でも心配し過ぎです。」


「ああ・・すみません。ただ・・今日引っ越してきたばかりでマンションの場所を覚えているか心配になってしまって・・。それで買い物は済んだんですか?」


「ええ。これですけど?」


飯塚がレジ袋を見せると京極はレジ袋をサッと取ってしまった。


「ちょ、ちょっと・・・何するんですかっ?!」


慌てる飯塚に京極は笑顔で答える。


「荷物、僕が運びますよ。」


そしてさっさとリビングへ行ってしまう。


「ちょ、ちょっと・・!」


慌てた飯塚は靴を脱いで玄関へ上がり込み、リビングへ向かった京極の後を急いで追った。


(冗談じゃないわっ!履歴書なんか見られた日には・・・!)


しかし、時すでに遅く・・京極は既に袋から履歴書を取り出していた。


「履歴書・・ですか?」


京極は飯塚を見ると尋ねた。


「え・・ええ!そうですよ?見れば分かりますよね?!働かなくちゃ・・食べて行けないじゃないですか!」


飯塚は自分でも良く分からない苛立ちをぶつけるように京極に言う。そう、今の生活がいつまでも続くとは限らないのだ。京極は他人、しかも被害者の兄である。普通であれば身元引受人は愚か、一緒に暮らすこと自体あり得ないことなのだ。だから・・飯塚は一刻も早く仕事を見つけなければならない。


「あの、飯塚さん。実は・・。」


京極が飯塚に言いかけるのを、無理やり止めるように飯塚は口を開いた。


「とにかく・・19時には食事が食べられるように準備はしますから、私は仕事探しをするので、ほっといて下さ・・・!」


そこまで言いかけて飯塚は大事な事に気が付いた。


(そうだ・・・私、スマホも無ければ・・PCも持っていなかったんだ・・・。これじゃ仕事探しなんて・・・!)


飯塚が悔しそうに下唇を噛む姿を京極はじっと見つめると言った。


「飯塚さん・・・僕は職業柄、数台PCを持っています。なので、少し型落ちはしますが、飯塚さんさえよければさしあげますよ?Wi-Fiも繋がっているし、初期設定も済んでいます。オフィスも標準搭載してありますから。」


「・・・お願いします・・・。働いてPCを持てるだけの余裕がでたら・・買い取らせて頂けますか?」


飯塚は顔を上げて京極を見た。

買い取り・・・これは飯塚の今出来る精一杯の見栄だった。住むところも提供され、食費、光熱費も京極の世話になっている。これ以上頼りになるのは嫌だったのだ。


「別に差し上げてもこちらは構わないのですが・・。」


京極は首をひねるが、飯塚はきっぱり言った。


「いいえ!買取でお願いしますっ!」


「分かりました。ではいずれ買取で行きましょう。」


そして京極は笑みを浮かべた―。






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