第1章 安西航 17

「それで?具体的には・・俺は何をすればいいんだ?」


航はコーヒーを飲みながら茜に尋ねた。


「ええ・・・実は明後日の夜7時に彼と会う事になっているんです。その時に私には好きな人が出来たと彼に言うつもりです。そしてもし万一彼が、だったらその人物を紹介しろ・・・と言ってくる可能性があるかもしれません。」


「フンフン。なるほど?」


航は身を乗り出した。


「そしたら、その時は安西さんに電話を入れるので・・・すぐに来て下さいっ!」


「まあ・・別に行っても構わないが・・出来ればこの周辺にして貰えると助かるな。そうじゃないとすぐに駆けつけられないからな。」


「はい、分りました。その辺は考慮しますね。」


「それで俺と恋人同士のフリをすればいいわけか?」


「え、ええ・・そうですね・・。」


少し困った顔で茜は言う。その様子を見て航は溜息をついた。


「何、そんな心配そうな顔するな。別に何もする気は無いよ。ただ普通に会話して・・俺が恋人だって思わせればいいだけだろう?」


「は、はい・・そうですね。」


茜は頷いた。


「よし、それじゃ・・・まずお互いの名前の呼び方から決めよう。俺は今からお前を茜って呼ぶから、茜は航って呼べよ。」


すると茜は顔を真っ赤にすると言った。


「え・・で、でもいきなり・・彼の事だって名前で呼んだ事・・・無いのに・・。」


「え?!マジかよ?!それじゃ・・何て呼んでいたんだよ?」


「あの・・彼は『南大輔』と言う名前で・・・私は・・『南君』って呼んでたんです・・。」


「ふ~ん・・・そうか、でも俺の事は航って呼べよ」


「で、でも・・・いきなり呼び捨ては・・・!」


「何だよ、そんな恥ずかしがりでよく3年も男と付き合っていたよな?それじゃ、君付けで構わないから呼んでみろよ?後敬語も無しな?」


「う、うん・・・わ、航君・・・。」


「ほら、やればできるじゃないか?」


航は笑顔で答える。


「うん・・そうだね・・。」


茜は恥ずかしそうに言う。その姿が何となく朱莉と被って見えた。


「俺と茜は・・・そうだな。まだ知り合って間もないって設定にしよう。出会いはやっぱりコンビニでいいな?下手に嘘をつくよりは余程ましだからな?猫の話もしておけば、それらしく聞こえるだろう?」


「・・・。」


見ると茜はポカンと口を開けて航を見ていた。


「どうした?茜。」


「あ、あの・・航君が・・・何だかとても手慣れて見えたから・・。」


茜は航に対する態度にまだ慣れず、もじもじしながら言う。


「当り前だ。俺を誰だと思ってるんだ?プロの調査員だぜ?まぁ・・今はまだ知名度が無いから便利屋の仕事がメインだけどな・・。それこそ身体を張った色んな仕事をしてきたんだからな。」


するとそれを聞いた茜が目をキラキラさせながら言う。


「航君て・・すっごい人なんだね?」


「いや・・それ程でも・・って、そんな事よりもまだこんなんじゃ相手を納得させられないだろうからな。まだまだ打ち合わせが必要だ。お互いの何所に惹かれたか・・とか答えられないと怪しまれるからな。それに最低限互いの簡単なプロフィール位は覚えておかないと・・・。」


こうして航と茜の打ち合わせは夜の9時まで及んだ・・・。



****


「ごめんなさい、わざわざ送って貰ったりして・・・。」


航と茜は2人で夜道を歩いていた。遅くなってしまった茜をマンションの有るコンビニまで送る為だ。


「いや。気にするな。遅くなってしまったからな。だけど・・・。」


航はためらいがちに茜を見ると言った。


「茜・・・お前、本当にそれでいいのか?彼氏と別れて・・・。後悔しないのか?」


航は朱莉に失恋したばかりで、まだ心の傷が癒えていない。だから茜の今の辛い心境を理解しているつもりだった。


「うん・・・いいの。私、彼の事が好きだから・・身を引こうって決めたんだもの。」


そう言って月明りの下で少し寂し気に微笑む茜は・・・やはりどことなく朱莉に似ていた―。

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