コップ ツインテール 高層ビル
二日酔いの朝、コップに入れて飲んでいたコーヒーを溢しながらトイレへ駆け込む。「おえぇぇぇぇえええ」と昨晩の残った酒と、コーヒーと抗うつ薬を吐き出す。最悪だ。
高校へ上がってからと言うもの、アルバイトのない日は友達と毎日のように飲み歩くのが日課になっていた。私の通っている高校は定時制だから、制服も無く、メイクなんかも自由だから、大人っぽく見られて年齢確認はされたことがなかった。
学校から歩いて少し、博多駅のほろ酔い通りで飲む毎日、帰りは午後22時を過ぎていた。母はそんな私を叱責するのだが、そうしないと、辛い死にたい毎日を過ごすことなんてできなかった。
吐き終えた後に風呂に入る。シャワーで口の中をゆすぐのは、少し行儀が悪い。シャワーを終えて髪を乾かして、今日もフリルのたくさん付いた服を着て、メイクをして高校へ向かう準備をする。髪はツインテールに結い、リボンを着ける。今日も一番可愛いと思える自分でいなきゃ外へ出れない。
私は醜形恐怖症だから、メイク前後問わず、よく鏡の前に立っては自分は醜いと思い込み、その鏡をグーパンで殴って割っていた。
今日は大丈夫だ、昨晩の残った酒がブーストをかけて自分は可愛いと思わせてくれる。そんなうちに身支度を整えなければ、無駄な時間が増えるだけ。
家を出て、自分が反射する高層ビルの谷間を嫌々に抜けて学校へ向かう。学校は都心にあるだけあって、縦に長く、地下2階から上8階まである学校だ。
学校も、各教室にふんだんに硝子が使われている。だから私はいつも廊下側の席に座り、自分の姿が反射することを防ぐ。
1コマ90分の授業を、今日は3コマこなして、アルバイトへ向かう。私が勤めるのは個人経営の居酒屋だ。
16時半頃、開店の少し前に店に着く。「おはようございまーす」と店へ入ると、客席のソファで寝ていた店長が身を起こす「お疲れー」
私は、アルバイト用の服に着替えるとトイレへメイク直しをしに行く。
相変わらず、アイシャドウがよれている。心なしか、ファンデーションもよれている気がして、メイクキープミストの存在とは? と疑問になる。
不細工だな……。
自分の顔面をまじまじと見つめながら直す化粧は、一番の苦痛な時間。それでも、しっかりと直さないと、これからのアルバイトの時間、人からの目線が気になって仕方ないだろう。
私は、ホールの担当で契約して入ったはずだが、開店前に店に着くことから、仕込みもやっていたし、厨房やドリンカーも、何でもやっていた。
店長に「お前、黒髪は重いよ」と言われてからは、髪を染めたし、それに似合うようにたくさんピアスを開けた。
自宅とアルバイト先の居酒屋は結構な距離があったため、私は21時で上がらせてもらっていた、その分、店長の言うことにはできるだけ応えるようにしていた。
パワハラが多い店長だったが、まかないは美味しかったし、常連客の多い店だから、気心が知れていて、楽しく働くことのできる職場だった。
21時、「お疲れ様でした、お先しまーす」そう言って店を出ると、自宅へ帰るため駅へ向かう。道中、コンビニで酒を買って、飲み歩きながらふと、ビルに反射した自分を見つめてしまう。
引き締まっていない身体、短い脚、醜い顔、疲れきってまた崩れたメイクを直す気力はない。こんな姿で、電車に乗って帰るのか。それは、私にとって恐怖でしかなかった。
22時発の電車は、さすがに人は少なかった。向かいの硝子に映る自分の姿を見て、げんなりする。昔から、自分のことは嫌いだった。特に顔が嫌いだった。メイクをするようになってからは、以前より、外に出ることや、学校に行くことが怖くはなくなったけれど、それでも、ふとした時に自分は醜いのではないかと不安になってしまって仕方がない。
最寄へ着くまで約1時間、音楽を聞きながら、目を瞑って過ごそう。
23時過ぎ、最寄へ着くと私はすぐ傍にあるコンビニへ立ち寄ってお酒とちょっとしたおつまみを買う。あぁ、こんな時間に帰っては、また母に怒られるのだろうな。そう思うと憂鬱で仕方がなかった。地元には高層ビルなんて全くない田舎だから、安心して歩くことができる。
「ただいまー」家に帰りつくと、母が顔を出す前に、さっさと風呂へ向かう。服を脱いで、シャワーを浴びる。メイクを落とすのは嫌だけれど、肌荒れはしたくない。幸い、家の風呂には鏡がないため、メイクを落とした瞬間の顔を見なくて済む。
はぁ……。今日も1日疲れた。風呂をあがって、脱衣所の鏡で自分の顔を見る。あーーーーーーー、なんて不細工で醜くて醜悪なんだろう。どうして母と父は自分らの顔面偏差値を考えずに子供を作ったのだろう。
毎回だ、嫌になるのは。顔とデコルテの保湿をして部屋着を着る。どうせ明日も学校とアルバイトだ。早く眠らなくては。
買った酒で睡眠導入剤と睡眠薬を飲む。本当はいけないことだと分かっていても、そうしないと、もう眠れない。
おやすみ世界。できれば、明日目覚めることがありませんように。
私は、高層ビルから飛び降りる夢を見た。
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