続・番外編(ハーレムルート)
第152話 プロジェクトH
「愛乃大臣! 本日、国会で言ったことは本当なのでしょうか?」
「ええ。間違いなく事実です」
「夕焼新聞です! 一部からは現実的ではないとの声もありますが、そこについてはどうでしょうか?」
「だから、どうしたというのですか?」
「え?」
「現実的でないならば、やらない? 違います。私たち政治家の仕事は国のため、国民のためになることを実現するために頭を使い、話し合い、試行錯誤すること。実現不可能なら、実現できるように手を尽くすだけです」
「テレビ常闇です! それが、例のプロジェクトHということですか?」
「はい。公表している通り、政府が経済力、人間性共に問題なしと判断した男女千人に重婚を認める通達をしました。後は、彼ら、彼女ら自身やその子供たちの精神状態や経済状態などを十年かけて経過観察し、問題なしと判断できた場合、重婚を可能とする法律作成に向け動く予定です。それでは、私は予定がありますのでこれで」
「愛乃大臣!」
「愛乃大臣!!」
「「「愛乃大臣!!!」」
***
土曜日の朝八時、愛する妻たるイリスの手作りお味噌汁を啜りながらテレビに目を向ける。
そこには「愛乃大臣、重婚の合法化に向けて遂に始動か」の文字と共に、記者たちから追及を受けるイリスの友人の姿が映っていた。
「なんか大変そうだなぁ。重婚ってそんなに大したことか?」
「大したことよ。当たり前だけど、重婚をすれば守るべき家族が増えることになる。子供を作ろうと思えばそれだけお金がかかるわ。それに、複数の相手に不満を抱かせることなく平等に愛するなんて芸当はそうは出来ない。必ずどこかで綻びが出る。無闇に重婚を合法にしてしまえば、何らかの問題が必ず起きるでしょうね」
淡々と事実を述べるイリス。
流石はイリスである。美しく聡明。二十五になってもその美貌は留まるところを知らない。
「……そんなに見つめられると食べにくいんだけど」
「あ、悪い。イリスの美しさに思わず見入っちゃったぜ!」
「それ、昨日も一昨日も言ってたわよ」
「毎日見ても飽きること無い普遍的な美しさがイリスにはあるってことだな!」
「も、もう!」
頬を赤く染めて視線を逸らすイリス。照れた姿も可愛い。
毎日この表情を見るために生きていると言ってもいい。
『続いてのニュースです。昨日、海外ツアーを行っていた人気アイドル星川明里さんが帰国しました。帰国後は一か月の活動休止を宣言しており、今後の動向が注目されます』
星川明里。その名が耳に入り、テレビの画面に視線を向ける。
テレビに映る彼女はもう手の届かない位置に行ってしまったスーパースターだ。
「凄いわね。彼女の隣で一緒に歌って踊っていたなんて信じられないわ」
いや、イリス。
お前はライバル視されるくらいには魅力的だったぞ。多分、イリスがアイドルになっていたら――いや、アイドルという一点において、俺の中で星川明里に勝るものはいない。
なんせ、俺は世界一のアイドル・アカリンの古参ファンなのだから!!
「そうだな。それにしても、星川も愛乃さんもとんでもないよな」
「そのとんでもない二人の家に入り浸っている男は誰だったかしら?」
「あれは仕事だ! 浮気じゃないぞ!」
「分かってるわよ。ただ……」
チラリとイリスが俺を見て、ため息をつく。
え? 何その反応? 怖いんだけど。
「ただ?」
「何でもないわ。それより、今日はお客さんが来るから丁重におもてなししてね」
「来客? 誰だよ?」
「とんでもない人たちよ」
「え……?」
呆気に取られている俺を他所に、イリスは手提げかばんを持って立ち上がる。
「あれ? どっか行くの?」
「親友を迎えに行くのよ」
「俺も行こうか?」
「だめ。お客さんが来るって言ったでしょ。あなたはお客さんがいつ来てもいいように家にいて。昼前には帰るわ」
そう言ってイリスはリビングから出て行った。
イリスの親友、愛乃さんと星川か。そういえば、星川が海外から帰って来たって報道されてたし、三人で会うのかもな。
そんなことを考えつつ、テーブルの上にある食器を流しに持っていき、皿洗いを始めた。
***
皿洗いを済ませ、リビングでのんびり過ごすこと二時間ちょっと経ったところで、玄関のインターホンが鳴った。
「ほいほーい。どなたですかー」
玄関に向かい、扉を開けると、そこにはサングラスをかけ、ブロンドヘアーを後ろで一つに束ねた美女がいた。
「あっくん! 会いたかったよ!!」
美女もとい星川は両手を広げて、俺に迫る。
「甘い!!」
身体を横にずらし、星川の抱擁を躱すと同時にそのまま星川が家に入ったことを確認してから扉を閉める。
星川は今やスーパースター。パパラッチの一人や二人、否、十人はいると見るべきだ。スキャンダルなどのリスクは極力下げるべきだろう。
「むー、なんで避けるの?」
「しゃがめ!!」
「へ? な、なんで?」
「いいからしゃがむんだ!!」
「う、うん」
星川の悲しみはイリスの悲しみであると共に、ファンである俺の悲しみ。
一体、どこから写真を撮られるか分かったものじゃない以上、警戒は最大限に引き上げるべきだ。
「あ、あっくん? なんで私たちしゃがんでるの?」
「何故しゃがむのか、か。星川、失くした物を探すときに大事なのは失くした物と同じ視点に立つことだ」
「う、うん。それで?」
「逆に言えばこう言える。失くした物が見つからないのは、失くした物と視点が違うからだ、と」
「ごめん。全然言っている意味が分からない」
どうやら星川は大物になり過ぎて、生きていく上でこれ以上ないほど重要な危機回避能力を失ってしまったらしい。
これは俺がしっかりしなくては。
「星川、ここで五分待ってくれ」
「え? 別にいいけど……」
「よし、しゃがんだままだぞ! いいな! 動くなよ!!」
「う、うん」
星川をその場に残し、リビングへと入る。そして、窓や扉、外からの光が差し込むありとあらゆる場所にカーテンを掛けたり、遮蔽物を置いたりして、光里が差し込まないようにする。
これだけではない。万が一、俺の見落とした場所があってもいいように部屋の電気を消して暗くする。
暗ければ暗いほど写真は撮りにくいはずだ。
いや、待てよ。そもそもリビングは遮光性が低い。なら、遮光性の高い場所に星川を案内する方が安全じゃないか?
そうなると、倉庫……いや、お客さんを倉庫に案内するなんて非常識すぎる。
寝室だな。寝るための部屋な分、遮光性は低い。窓が一つあるだけだ。その窓にはカーテンが付いているし、バレる心配は欠片も無い。
「よし、それで行こう」
寝室に向かい、ベッドを整え、カーテンを閉め、電気も消す。
ほぼ真っ暗な部屋が完成したところで、星川を呼びに玄関へ向かう。
星川はポケッとした顔で、俺の言いつけ通り玄関でしゃがんで待っていた。
「あっくん、なんで暗くした――」
「よし、寝室に行くぞ」
俺の言葉を聞いた星川がポカンと口を開けて固まる。どうしたというのだろうか。寝室はやはり嫌なのか?
「し、しし寝室!? な、なんで!?」
「なんでって、バレないようにするためだろ」
「えっ」
「ほら、行くぞ」
「ちょ、ちょっと待って」
ゆでだこの如く顔を真っ赤にし、星川がぶつくさと何かを呟き始める。
小さな声でよく聞き取れないが、「浮気……」とか「だ、ダメだよね……」やら「でも、いずれは……」などとよく分からないが、星川が葛藤しているということだけは分かった。
「なあ、そんなに寝室が嫌ならリビングにするか?」
「リ、リビングで!? そっちの方がダメだよ!」
リビングの方がダメとは、星川は変わってるな。
「珍しいな」
「め、珍しいのかな?」
「じゃあ、このままここでいっか」
「もっとやばいよ! いつからあっくんはそんな変態になっちゃったの!?」
失礼な。玄関で過ごそうという奴は確かに変人かもしれないが、変態とまではいかないはずだ。
寧ろ、俺は星川が寝室もリビングも嫌そうだからここでいいんだと解釈しただけだ。
「じゃあ、星川はどこがいいんだよ」
「そ、それは……。や、やっぱり寝室……かな」
らしくもなくもじもじと内股をこすりながら、チラチラこちらを見る星川。
なんだ。やっぱり寝室がいいんじゃないか。
「なら、寝室行くぞ」
「え、えええ! あっくん、本気なの!?」
「当たり前だろ。お前がそれを望んだんだろ?」
「い、いや……そりゃ、望んでないっていったら嘘になるけど……そ、そう! イリちゃんの気持ちはどうなるの!?」
どうしてここでイリスの話が出てくるのだろうか。
だが、星川の言う通り寝室は俺の部屋でありイリスの部屋でもある。イリスの気持ちを考えることも重要かもしれない。
試しに脳内でイリスとの会話をシミュレーションしてみよう。
『やあ、マイスウィートハニーイリス。星川が寝室で待っときたいって言ってるんだけどさ、俺たちの愛の巣に彼女を入れてもいいかい?』
『そうね、明里がそれで喜んでくれるならそれでいいわ。でも、浮気はダメよ?』
『ハハハ!! 当たり前じゃないか。浮気なんてするはずがないだろ?』
『なら、いいわ』
ふむ。問題なさそうだ。
「多分、問題ないぞ。よし、行くか」
「あ、あっくん……本当に言ってるの?」
「嘘ついてどうするんだよ。ほら、決めろよ。行くのか? 行かないのか?」
忙しなく視線を動かし、ブツブツと何かを呟く星川。
イリスが来るまで待つ部屋を決めるだけだというのに、何をそんなに悩んでいるのだろうか。
もういっそのこと星川の腕を掴んで寝室に連れていくべきか。そんなことを考えていると、玄関の扉が開き、外から日差しが差し込むと共にイリスと愛乃さんが姿を現した。
「ただいま……って、明里来てたのね」
「あ、本当だ。明里ちゃん久しぶりー」
「イ、イリちゃん!! かのっち!!」
イリスと愛乃さんに気付いた星川はそのまま二人に抱き着き、俺の方を指差した。
「あ、あっくんが変態浮気野郎になっちゃったんだよ!!」
「なっ!!」
な、なんてことを言うんだ!
俺ほど変態浮気野郎という言葉が似合わない人間はそういないというのに、このままでは変な誤解をされてしまうじゃないか!
「イリス! これは誤解――」
「とりあえず、灯りを点けてリビングに行きましょうか」
ニコリ、という擬音が聞こえてきそうなほど美しい笑顔を浮かべながらイリスはそう言った。
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