第122話 宣戦布告
星川を本気で落とすと決めた日の翌日。
朝から俺は家を出て、通学路にある塀の影に隠れていた。
「いってきまーす!」
暫くして、ターゲットである星川が自分の家を出る。昨日の夜の時点で、星川には俺は先に出るとメッセージを送っている。
普段は俺の家による星川も、この日は真っすぐ学校へ向かって歩き始める。
よし。あの調子だと、後一分程度で星川は俺がいる塀付近の曲がり角にやって来る。
カバンの中から食パンを取り出し、一枚口に咥える。理想はトーストだが、焼いている余裕はない。
さて、曲がり角に食パンと聞けば勘の良い人なら俺がやろうとしていることの想像が着くだろう。
俺の作戦、それは『あーん、遅刻遅刻! って、曲がり角でぶつかったあいつが同級生!?』作戦である。
俺と星川の間にある最大の障壁が何か昨晩考えた。
その結果、気付いてしまったのだ。
幼馴染という関係性。
これこそが、俺と星川の間にある距離感をバグらせ、星川が俺を男として意識しない元凶である。
つまり、この関係性を何とかしてリセットすることが星川を俺に惚れさせる最短ルート!
そういうわけで、幼馴染というポジションから『曲がり角でぶつかった同級生』というポジションになろうという訳である。
そうこうしている内に、星川が曲がり角に来るまで残り時間は十秒だ。
残り五秒。
四、三、二、一……今だ!!
「うわー! 遅刻遅刻ー!!」
定番のセリフを言いつつ、ぶつかった時の衝撃を弱めるためゆっくりと曲がり角に身体を出す。
左にチラリと視線を向ければ、口を開けて驚いている星川の表情が見えた。
大方、突然現れた俺に驚き、ぶつかっちゃうとでも思っているのだろう。
そうだ。それでいい! ぶつかって来い!
そう思った直後だった。
「た、大変ラブー!!」
「「ぶへっ!!」」
聞き覚えのある声がしたかと思えば、小さな獣が俺の顔面にぶつかってきた。
「あ、あっくん!? ラブリンも大丈夫?」
く、くそ!
計画が台無しだ。このままじゃラブリンとの恋が始まっちまう! そんなの絶対に嫌だ!
どうする? 計画の見直しをするか?
それとも、ごり押しするか?
「だ、大丈夫ラブ! そんなことより、イヴィルダークが出たラブよ! 花音が先に戦ってるから明里も早く来てくれラブ!」
「え、ええ!? 分かった! すぐ行くよ! あっくん、じゃあまた学校でね!」
迷っている間に、星川とラブリンは急いで何処かへ走り出した。
あ……行っちまった。
いや、違う! 行っちまったじゃない!
こうなったら、作戦変更だ。
古今東西、いつの時代も『ピンチに駆けつけるヒーロー』はモテるし、人気が出る。
ここで言うヒーローとは必ずしも強くなくてもいいのだ。力が弱くとも勇気を持って、誰かを救おうとする姿に人々の心は揺さぶられる。
そうと決まれば、話は早い。
星川を追いかけて、星川たちのピンチに駆けつける。その姿に星川の胸がトクントクンと高鳴る。
『な、なにこれ……。あっくんってこんなにかっこよかったっけ?』作戦だ。
行くぞ!!
***
結論から言うと、作戦は失敗した。
俺が現場に辿り着いた時には、戦いは既に終わっていて、星川たちの姿も無かった。
そして、俺は学校に遅刻した。
***
二度に渡る作戦の失敗。
だが、俺は焦らない。失敗をして慌てふためくよりも、どっしりと構えている方が頼りがいがあって魅力的な気がするからな。
さて、昼休みの時間が来た。
星川はお弁当を持って、愛乃さんに声をかけている。どうやら教室を出るらしい。
ふむ。ここまでの失敗は奇抜なことをしようとしての失敗だ。ここは一度、原点に戻って一緒にお弁当を食べるということから始めよう。
元々、昼休みを一緒に過ごすのは前からよくやっていた。これは断られる心配がない。
「星川、お弁当一緒に食べないか?」
教室を出た星川と愛乃さんを追いかけて、笑顔で問いかける。
「あ……。えっと、そのごめん! 今日はかのっちと相談したいことがあるから、あっくんとは食べれないや」
……え?
ごめん? 食べれない? これって、断られたということか?
「そ、相談なら俺も力になるぜ?」
動揺が表情に出ないように意識する。俺はクールで頼りがいのある男。この程度で、慌てふためいたりしない。
「ダ、ダメ! あっくんにだけは絶対に相談出来ないことだから、絶対にダメ! こっそり付いてきたりもしないでよ!」
そう言うと、星川は愛乃さんの手を引いて屋上に続く階段を上がっていった。
「ふっ」
軽く微笑み、膝から崩れ落ちる。
「あ、悪道!? 大丈夫か?」
たまたま傍にいた佐藤が俺の傍に駆け寄り、声をかけてくる。
その表情から、俺を心配することが伝わってきた。
「……恋って、難しいな」
それだけ言い残して、俺は目を閉じた。
「お、おい! しっかりしろ悪道! 悪道ー!!」
佐藤の叫びが廊下に響く。
思いだすのは、星川との淡く儚い思い出。
過去に思いを馳せ、俺は目から一筋の涙をこぼした。
***
「で、何があったんだよ」
茶番もそこそこに、俺は佐藤とクラスメイトの男子たち数人とともに教室でお弁当を食べることにした。
そんな中、佐藤が俺にさっきのことを問いかけてきた。
「星川をお弁当に誘ったんだけど断られたんだよ」
「そりゃ、絶交されてるんだから当たり前だろ」
佐藤の言葉に周りのクラスメイトもうんうんと頷いている。
「いや、絶交はもう解消されたぞ」
「ああ、そうなんだ。まあ、どうせそのうち解消されると思ってたけどな」
「くっ。僅かな亀裂ももう埋まったか……。数少ないチャンスだったのに!」
「そんな……。悪道と絶交して落ち込んでいる星川さんに、『どしたん? 話し聞こか?』と声をかけて落とす作戦が出来なくなってしまうなんて!」
「……私の計算では、絶交の解消までには三日はかかるはずだったのに! 私の計算が狂うなんて……もう、計算なんてしません!」
俺の言葉に各々がそれぞれの反応を見せる。
中でも多いのは、絶交の解消を残念がるものだった。
まあ、客観的に見ても星川に一番近い位置にいる男は俺だ。そいつが星川から離れたらチャンスだと思うよな。
「それで、何故断られたと思う?」
「知らねーよ。でも、星川さんにもプライバシーがあるし、普通だろ。おかしなことは何もないと思うぞ」
確かに、佐藤の言う通りだ。
流石に嫌われているということは無いと思いたい。
「ところで、話は変わるんだが、俺星川のこと好きなんだよ」
「お、そうだな」
「今更かよ」
「お前さ、会話下手かよ。誰が会話の切り口に地球は丸いなって言うんだよ」
散々な言われようだ。
てか、この言い方だとこいつらは俺が星川を好きだということを知っていたのか?
「知ってるも何も、バレバレだろ」
「端から見たら明らかだったよな」
「気付いて無かったのは星川さんくらいだろ」
どうやらバレバレだったらしい。
まあ、バレてるならいいや。寧ろ、これからの話をする上ではバレてる方が都合がいい。
「それで、星川に好きだと伝えたんだ」
「「「はあ!?」」」
さっきまで飄々としていた男子たちの表情が大きく変わる。流石にこの発言には驚きを隠せなかったらしい。
「ど、どどどうなったんだよ! 付き合ったのか!? キスしちゃったのか!?」
佐々木が椅子から立ち上がり俺に問いかける。
「いや、付き合ってない。好きと伝えただけだ」
俺の言葉を聞いた男子たちがホッと安堵のため息をつく。
そんな中、佐々木は眉を顰めていた。
「好きと伝えただけっでどういうことだよ? 星川さんと付き合いたくないのか?」
「付き合いたいからこそ、好きだと伝えたんだ。これで星川は嫌でも俺を男として意識するだろ」
「なるほど」
佐々木はそう言うと、席についた。
納得してもらえて何よりだ。
「それで、何でわざわざそれを俺たちに言ったんだ?」
「宣戦布告みたいなもんだ」
「「「宣戦布告?」」」
俺の言葉にその場にいた男子たちが首を傾げる。
「ああ。星川はモテる。この中にもあわよくばって思ってる奴がいるだろう」
男子たちの顔を見まわす。すると、数人が視線を逸らした。
「だから、俺はやるぞって意思表示だ。今まで幼馴染というポジションに甘えてきたが、もうそれは終わりにする。俺は、俺の全力をもって星川を落とす。お前らがどうするつもりかは分からないけど、それを伝えたかっただけだ。後、出来たらアドバイスが欲しい」
ぶっちゃけ、アドバイスの方が本音だったりする。
ただ、星川が好きな奴に協力をさせるのは申し訳ない。だから、俺の宣言を聞いて尚、俺に協力したいという奴を見つけたかったのだ。
「悪いが、俺は協力できない」
「僕も」
「私もです。データは捨てても、唯一捨てきれない思い。それが星川さんへの恋心なのですから」
星川を好きだというものが、次々と席を立ち、俺の周りから離れていく。
こればかりは仕方ない。同じ相手を好きになってしまった以上、俺たちは恋敵なのだから。
「それで、お前は行かなくていいのか? 佐藤」
「まあな。俺は星川さんが好きだが、俺が惚れた星川さんの笑顔は残念ながら、お前と一緒にいる時のものなんだよ。だから、協力するよ」
佐藤はそう言うと、俺に手を差し伸べてくる。
その手を俺はしっかりと掴んだ。
「ああ。必ず、お前にその選択をさせたことを後悔させない」
「おもしろそうだし、俺も協力するよ~」
「ふむ。私も協力しよう。こう見えても、恋愛漫画はかなり熟読している。私の知識が現実で通用するか、試してみたいからな」
佐藤の他にも二人、細めの垂れ目が特徴的な根川と眼鏡をかけた出井田が協力してくれるみたいだ。
「根川も出井田もありがとな。きっと期待に応えてみせるぜ」
こうして、星川を落とすことを目標としたチームが結成された。
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