第121話 挨拶はご早めに
「あっくんのバカー!!」
「あ、ちょっ! 星川!!」
俺に背を向け、走り去る星川。
セ、セクハラ……。へ、変態って……。
子供五人欲しいって言うのはそんなにヤバイことだったのか……?
夕陽が沈みゆく中、遠ざかる星川の背中を見ながらそう思った。
***
「光里さん、今日の肉じゃがいつもより美味しいですね。もしかして、醤油変えました?」
「あ、分かる? いつものより百円だけ高い醤油に変えてみたの」
「な、何であっくんがいるの!!」
星川に逃げられた後、帰る途中に光里さんに出会った。
そのまま、夕ご飯に誘われて星川家にお邪魔させてもらったのだが……。
「星川、ご飯中だぞ。机を叩くな」
「そうよ明里。それにあっくんがいるなんていつものことじゃない。ね、あなた」
「……そうだな」
光里さんも、武蔵さんも俺のことを受け入れてくれている。
武蔵さんは星川のお父さんのことだ。
「ち、違うよ! そういうことじゃなくて……。大体、あっくんは何でそんなに平然としてるの!」
「何でって、寧ろ他所他所しくする方がおかしいだろ。ね、光里さん、武蔵さん」
「そうね」
「……ああ」
「もう! そーじゃなーいーのー!!」
きちんと星川の疑問に答えていると言うのに、何故か星川は腕をブンブン振って頬を膨らませている。
可愛い。
「あ、武蔵さん。ビール注ぎますよ」
「……ありがとう」
武蔵さんにビールを注ぐ。武蔵さんは星川や光里さんとは対照的に、表情が変化しにくい。
だが、僅かに頬が緩んでいる。
光里さんから聞いたが、武蔵さんは息子が欲しかったらしい。だから、俺のことを息子の様に思ってくれているらしい。
「それでですね、武蔵さん。実はお願いが一つあるんです」
ビールを注いでから、改めて姿勢を正し武蔵さんに向かう。
俺の様子を見て、武蔵さんも何かを察知したのかグラスを置いた。
「……何だ?」
「実は今日、星川明里さんに好きだと伝えました」
武蔵さんに向けてはっきりと伝える。
「……へ? あ、あ、あっくん!? 何言ってるの!?」
俺の言葉を聞いた途端、何故か星川が慌て始める。
「星川、今日のお前は少しおかしいぞ? 普段、もっと家では大人しいだろ」
「おかしいのはあっくんだよ!!」
人に向かっておかしいとは失礼だな。
俺は全くおかしくない。好きな人の両親に誠意を示すために、改めて挨拶するのは普通のことだ。
「明里、静かにしなさい。あっくんとパパが真剣な話をしているのよ」
光里さんが星川の行動を叱る。
光里さんの目にも、星川の行動は目に余るものだったらしい。
「お、お母さんまで……。私がおかしいの……?」
光里さんのお叱りが聞いたのか、星川は渋々と言った様子で椅子に座った。
よし、これで話の続きが出来るな。
武蔵さんに向き直り、口を開く。
「改めて伝えさせていただきますが、今日、俺は星川明里さんに好きだと伝えました」
「明里、そうなのか?」
「う、うん」
武蔵さんが星川に問いかけると、星川は恥ずかしそうに少し俯きながら頷いた。
「……そうか。それで、何が言いたいんだ?」
「はい。今日から、俺は星川明里さんを全力で口説きます。あの日から今日まで、光里さんと武蔵さんには実の子供の様によくしてもらいました。それにも関わらず、お二人の大切な星川明里さんを口説くことに迷いもありました。ですが、俺は星川明里さんを愛しています! 今日はその宣言をしに来ました」
俺の宣言を聞いた、武蔵さんが腕組みをして俺を睨みつける。
とてつもない威圧感。だが、決して臆したりはしない。
ひるむことなく、真っすぐ武蔵さんの顔を見る。
僅かな間、その場に静寂が広がった。
「……明里を泣かすようなことがあれば、俺は絶対にお前を許さない」
武蔵さんはそう言うと、食事を再開した。
「む、武蔵さん……。必ず、必ず星川明里さんの笑顔を守って見せます!!」
武蔵さんの口元がほんの少しだけ緩んだ気がした。
こうしちゃいられない。早くご飯を食べて、星川を口説くための作戦を考えなくては!
急いでご飯をかきこむ。
そして、空になった食器を流し台に持っていく。
「ごちそうさまでした! それじゃ、俺は明日星川をデートに誘うための作戦を練るのでここで失礼します! 今日もめちゃくちゃご飯美味しかったです!」
「あらあら、それならよかったわ。またいつでも来てね」
「……また来い」
「はい!!」
光里さんと武蔵さんに返事を返す。
それから、机に突っ伏している星川に声をかける。
「星川もまたな!」
「……うん」
星川の返事は蚊の鳴くような声だった。
もう眠くなったのだろうか?
食事中に眠くなるとは子供みたいな奴だな。
そんなことを思いながら、俺は星川家を後にした。
***<side 星川明里>***
「明里、いつまでそうしてるの? 早くご飯食べなさいよ」
あっくんが立ち去ってから、直ぐにお母さんが注意してくる。だけど、私は未だに顔を上げることが出来ていなかった。
「はぁ。ご飯冷めるわよ」
「……何でお母さんはそんなに冷静なの」
「あっくんが明里のこと好きってことを知ってたからに決まってるじゃない」
そうだったのか。
てことは、お父さんもなのかな?
チラリとお父さんの方に視線を向ける。すると、お父さんは気まずそうに視線を私から逸らした。
これは、知ってたな。
「私、どうすればいいんだろ……」
思わず言葉を漏らす。
正直、あっくんの行動には驚いた。今日の告白があって、まさかあっくんが私の家に来るなんて思わなかった。
おまけに私の両親に私のことが好きだって宣言するし。
「どうすればいいって、そんなの明里の好きにしたらいいんじゃない?」
「あっくんと付き合えばって言わないんだね」
ちょっとだけいじけたような言い方になってしまったかもしれない。でも、うちのお母さんはあっくんのことが大好きだ。
今回の一件もあったし、あっくんを応援しているのだろうと思っていた。
「言えるわけないじゃない。私たちはあなたの親であって、あなたじゃないのよ。あなたの人生における決断は、あなた自身がしなきゃダメじゃない。それとも、私たちに恋人に将来の進路、住む場所も何もかも決められる人生がいいの?」
「う……。それは嫌」
その人生は楽だろうけど、私のモノじゃない気がした。
「まあ、しっかり悩んだらいいじゃない。大丈夫よ。あっくんはきっとあなたの返事をずっと待ってくれるから」
優しい声でお母さんがそう言う。
「で、でも、私はアイドル目指してるし……。それこそ、私が恋人作ったり、結婚したりするのは27歳とかその辺になると思うし……。それを待ってるあっくんが可哀そうだよ」
私の言葉を聞いたお母さんが深いため息をつく。
「まあ、あなたに任せるって言ったからとやかく言うつもりはないわ。でもね、あっくんを舐めない方がいいわよ」
お母さんはそう言って笑いながらウインクをした。
「……40も超えてウインクはキツイと思うよ」
「ん-? 何か言ったかなー?」
聞こえないような小さな声で呟いたのに、何故かお母さんには聞こえていた。
瞬時に私との距離を詰めたお母さんが私のほっぺを引っ張る。
「ふぁ……ほ、ほへんははい!」
「まあ、これくらいにしといてあげる。とりあえず今日はしっかりご飯食べて、休みなさい。あっくんのことについては、あなたの思うままに行動すればいいわよ。……どうせ、あっくんに落とされるんだし」
最後にお母さんが何かを小さな声で言った気がするけど、よく聞こえなかった。
でも、お母さんの言う通りだ。
決めるのは私。
あっくんは私を好きだと言ったけど、付き合って欲しいとは言ってない。だから、少しずるいけどあっくんがそれを言い出すまでは考える時間にさせてもらおう。
でも、冷静に考えたらあっくんはただの幼馴染だしなぁ。
あっくんはデートに私を誘うみたいだけど、私はあっくんを幼馴染としてしか見ていない。
あっくんには悪いけど、デートで私の反応を見て脈無しだと思ってもらおう。うん。それが一番丸く収まる気がする。
ふふん。残念だけど、あっくんに落とされる私じゃないよ!
***
「……ママ。明里は何故ニヤニヤしているんだ?」
「変なことでも考えてるんじゃないの? あっくんもバカだけど、明里も恋愛に関しては大概バカというか、鈍感というか……。あなたに変なところが似ちゃったのよ」
「……そ、そういえばもうすぐ風呂が沸くな。悪いが、先入らせてもらうな」
「逃げたわね。はあ、ちょっと冷静になって考えたら、自分の好きな人くらい分かるでしょうに」
***<side 星川明里>***
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