第113話 悪の組織とヒロインたち
「あっくんってやること無いの?」
日曜日、河川敷でダンスの練習をしている星川を眺めていると星川にそう言われた。
「バカ言え。授業の予習復習に、家の掃除。やることいっぱいに決まってんだろ」
「じゃあ、何でいつも日曜日はこうやって私に付き合ってくれるの?」
「そんなもん星川のことが――」
――好きだからに決まってるだろ。
そう言いかけたところで慌てて口を閉じる。
あ、危ねえ。あと少しで告白しちまうところだった。
「私のことが?」
「あー、あれだ。星川のことが心配だからだよ。可愛い幼馴染が一人でダンス踊ってたら変な奴に襲われるかもしれないからな」
「ふーん。そっかぁ」
星川はそう呟いてから、再び曲を流して踊り始めた。
毎週土曜日に星川はダンスのレッスンを受けている。そして、日曜はこうして自主練をしている。
それを俺はいつも「星川は可愛いな」と思いながら眺めているわけである。
いつも通り、鼻歌交じりで踊る星川だったが、突然動きを止めた。そして、街の方に目を向けたかと思えば俺の方を向く。
「ごめん! あっくん、私急用が出来たから行くね! 荷物持って帰っておいてくれると助かる!」
それだけ言い残して、星川は街の方に走り出していった。
星川の横顔は真剣な表情で、切羽詰まっているように感じた。
遂にこの時が来たか。
ここ最近、星川は突然こうしてどこかへ向かう。昨日は無かったため、今日それが起きる可能性は高いと考えていたが、やはりそうだった。
星川の荷物を持ち、星川が走っていった方向に向けて俺も走り出す。
これが俺の今日の主な目的だ。星川が突然どこかへ行く謎を探る。特に大したことじゃないなら別にいい。だが、もし星川が厄介なことに巻き込まれているなら少しでも力になってやりたい。
そういうわけで、星川を追いかけて街へきたのだが……。
「きゃあああ!!」
「いやあああ!!」
「助けてえええ!!」
「「「アイー!!」」」
なにこれ……?
悲鳴を上げる人々、全身黒タイツで暴れ回る不審者軍団。
いや、噂で聞いたことがある。最近、この街では『イヴィルダーク』という謎の組織が暴れ回っていると。
それは暇な人が冗談で流している噂に過ぎないと思っていた。
しかし、目の前の光景を見る限りどうやらそれは本当だったらしい。
「さあ、愛などというまやかしに夢見る愚かな人間どもを捻り潰せ!!」
「「「アイー!!」」」
頭がカエルの怪人が一声上げると、黒タイツが人々に襲い掛かる。まるでアニメや漫画の世界に入れられた気分だ。
「いや、ぼーっとしてる場合じゃねえ! 星川を探さないと」
辺りを見回して星川を探すが、どこにも星川の姿が見当たらない。
どこにもいない? じゃあ、星川は一体どこへ行ったのだろうか?
「アイアイ」
いや、もしかすると星川はあの黒タイツ集団に襲われてしまったんじゃないか? そして、黒タイツたちに捕らわれたのかもしれない。
星川ほどの可愛さであれば、連れ去られたとしても何もおかしくない。
「アイッ!」
だとすれば、直ぐに助けに行かなくてはならない!
こうしちゃいられない。直ぐに星川を助けるために準備をしないと……。
「アイィイイイ!!」
「ああもう! さっきからうるさい! 俺は今大事なことを考えていて――」
振り返るとそこには全身黒タイツが三人いた。
「ハ、ハロー」
「「「アイー!!」」」
「うわあああ!!」
一斉に飛び掛かってきた全身黒タイツに取り押さえられる。
ちくしょう! 英語を覚えようという流れが世界中で起きている中で英語が通じないなんて!
俺は今まで何のために英語を習ってきたんだ!
「「「アーイアイアイ!!」」」
俺を取り押さえて高笑いを上げる黒タイツたち。
何も出来ず、ただただ唇を噛み締めていたその時だった。
「「そこまでだよ(です)!!」」
悲鳴が沸き起こる街に降り立つピンクと黄色の光。
そこには、フリフリの衣装を着たとんでもない美少女が二人いた。
「むっ! お前たちはラブリーエンジェル!!」
ラブリーエンジェル?
何だその適当に考えた可愛らしい名前は。いや、だがあの二人が放つ輝きは正に天使!
「これ以上、あなたたちの好きにはさせません!」
「皆の笑顔を奪うつもりなら、私も容赦しないよ!」
「ふん。お前らのような小娘にやられてたまるか!! 行け! 下っ端ども!!」
「「「アイー!!」」」
カエル男の声に合わせて黒タイツたちがラブリーエンジェルという美少女たちに襲い掛かる。
その姿は正しく変態。あんな大人にはなりたくない。
「「「アイー!?」」」
そして、全身黒タイツたちは驚くほど一瞬で吹き飛ばされていった。
見せ場もなくやられてしまう。何と悲しいのだろう。
「「さあ、次はあなたの番だよ(です)!!」」
「くっ! おのれぇ……。今日のところはこれくらいにしておいてやる!!」
捨て台詞を吐き捨てて、カエル男と残った黒タイツたちが帰っていく。その様子を見た街の人々は歓声を上げていた。
そして、俺を取り押さえていた黒タイツたちも逃げていった。
た、助かった……。
「大丈夫?」
「あ、ありがとう」
倒れている俺の前に差し伸べられた手を取り、立ち上がる。そして、顔を上げて息を呑んだ。
か、可愛い……!!
腰の辺りまで伸びた黄色い髪、見る人を虜にするその顔はどこか星川に似ていた。
「あの、どうかしました?」
俺の顔を見て何故か固まっている美少女に声をかけると、美少女はハッとした顔を浮かべ、慌てて手を離した。
「え、えっと……無事ならよかった! それじゃ、私はこれで行くね!」
そう言うと、黄色の美少女はもう一人の桃色少女と供に何処かへ姿を消していった。
暫くの間、彼女たちが立ち去っていった方向を見つめていた俺だったが、直ぐにここに来た本来の目的を思いだして歩き出す。
そうだ。星川探さないと。
そういえば、さっきの人、顔だけじゃなくて声も星川に似てたような……。いや、流石に星川ではないか。
髪の長さも違うし、髪色も微妙に違う。
まさかな!
***
星川を探して歩くこと数分、街の中心部から少しだけ離れた公園に見覚えのある明るめの茶髪を見つけた。
「星――」
「今日もお疲れラブ!」
星川の名前を呼ぼうとした時に、謎の声が聞こえた。
星川以外にも誰かいるのかと思い、こっそりと木の陰に隠れて様子を伺う。
「はあ。急に出てくるのだけは本当に勘弁してほしいよ。誤魔化すの大変なんだよー。ね、かのっち」
「あはは。まあ、確かにそうかも」
どうやら星川は友人の愛乃花音さんといるらしい。
いや、だがさっき聞こえたおかしな語尾をつけて話す声の主は愛乃さんの声とは別物だ。
じゃあ、一体さっきの声の主は何者なんだ……?
何となくだが、この声の主が星川が隠していることに関係している気がする。ここは、もう少し様子を見よう。
そう思い、一歩足を下げる。
――パキ。
だが、足を下げたことで足元にあった小枝を踏んでしまったらしく、公園に小枝が折れる音が響き渡る。
「誰かいるの?」
恐る恐るといった様子で愛乃さんが口を開く。
まずい……。何も言わずにやり過ごすか? だが、そうすれば仮に見つかった時に疑われてしまうだろう。
それに、誰かがいるかもしれない状況で星川と愛乃さんが迂闊に秘密を喋るとも思えない。
考えた結果、俺は星川たちの前に姿を現すことを選んだ。
「あっくん? 何でここに?」
「いや、星川が急に飛び出していったから心配になって追いかけて、探してたんだよ。途中で、よく分からない奴らに襲われた時はどうなるかと思ったけど、めちゃくちゃ可愛い人たちに助けてもらえてラッキーだった」
「そ、そうだったんだ」
何故か星川は少し照れくさそうにしている。今の俺の話のどこに照れる要素があったのだろうか。
「ところで、星川と愛乃さんはこんなところで何してるんだ? 急用ってのはもう終わったのか?」
「あーうん! さっき終わったよ! 折角だし、このまま帰っちゃおっか! じゃあ、かのっち私はもう帰るね。また明日!」
そう言うと星川が俺の下に駆け寄り、帰ろうと言ってくる。だが、俺にはまだ聞きたいことがある。
「もう一人いなかったか?」
愛乃さんの表情は変わらなかったが、僅かに星川の顔に緊張の色が見えた。
「な、何のことかな? それより早く帰ろうよ! そうだ! 今日はお母さんがあっくんも読んで鍋でもつつこうって言ってたんだ!」
俺の背中を押して、公園から離れようとする星川。
何かを隠そうとしていることは間違いない。だが、ここで追及しても星川が口を割ることはないだろう。
「そうか。なら、俺の気のせいだったみたいだな」
「うんうん! きっとあっくん疲れてるんだよ! 早く帰ってゆっくり安もう!」
微笑みながら俺たちに手を振る愛乃さんに軽く頭を下げてから公園を出る。とりあえず、星川の急用に愛乃さんが関係している可能性が高いということが分かっただけでも十分な収穫だ。
その場での追及はやめ、俺は星川と並んで家に帰った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます