もしも星川と悪道が幼馴染だったら

第112話 幼馴染の様子がおかしい

 この話は星川と主人公が幼馴染だった場合の世界線の話です。

 本編とは別の「もしも」の話なので、それでも良いという方はお付き合いいただけると嬉しく思います。

 よろしくお願いします!


****



 最近、幼馴染の様子がおかしい。


「ごめん! あっくん、私急用が出来たから行くね!」


「えっちょっ……星川!?」


 突然、どこかへ走っていったり……


「あれ? 星川と愛乃さん? そんなぬいぐるみ持って何してるんだ?」


「あ、あっくん!? あ、いや、ナ、ナンデモナイヨー」


 屋上でぬいぐるみを持って友達とコソコソ隠れるように話をしていたり……


「うーん……。やっぱり格闘技とか習った方がいいのかなぁ?」


 格闘技に興味を持ち出したりしている。


 最近、俺の幼馴染の様子がおかしい。



***


 突然だが、俺には幼馴染がいる。


「あっくん、一緒に帰ろー!」


 この四月から高校二年生になる俺、悪道善喜に声をかけたのは星川明里――俺の幼馴染だ。

 一際目立つ黄色寄りの茶髪のサイドテールと見る人全てを元気にする明るい笑顔がトレードマークの超絶美少女である。

 

「おう! すぐ行くから先に校門で待っといてくれ」


「うん! 分かった!」


 笑顔で頷いた星川は手を振って、教室を後にする。

 手を振り、友人たちに「また明日」と言いながら笑顔を振りまく星川を微笑ましく見ていると、前の席から声をかけられる。


「はぁ……。星川さんと幼馴染で一緒に登下校もしてるって、お前マジで一回地獄落ちろよ」


 俺に嫉みの視線を向けてくる男は佐藤太郎。星川明里を愛していると豪語する男だ。

 高校一年時に出会った時は、どちらが星川を愛しているかで三日三晩争ったが、その争いの果てに友情が芽生え、今では親友になっている。


「ちなみに、たまに夕ご飯も作りに来てくれるぞ」


 ガタッ。


 俺の一言に、クラスにいた男子が数人椅子から立ち上がる。

 おっと、調子に乗ってこいつらを刺激しすぎてしまった。


「それじゃ、俺は星川が待ってるから帰るわ。じゃあな!」


 カバンを持って全力で走り出す。

 

「「「逃がすかぁあああ!!」」」


 俺に迫る嫉妬にまみれた鬼たちから逃げるために。



***


 鬼たちから何とか逃げ切り、校門に辿り着いた俺は星川と二人で家までの帰り道を歩いていた。


「あっくん聞いてよー。今日は、カノッチとお弁当食べてたんだけどさー」


 星川はいつも通り今日起きたことを笑顔で話していた。何の変哲もない、いつも通りの日常。おかしなことなんて何もない。

 だが、突然星川が足を止める。


「ご、ごめん! 私、急用が出来たからちょっと行くね! あっくんは早めに帰るんだよ!」


「は? お、おい! 星川!」


 星川は俺の言葉を無視して大慌てでどこかへ走り去って行ってしまった。


 最近、星川は突然何処かへよく行く。

 今のような下校中であったり、昼休みの途中であったり、休日中であったりと本当に突然だ。

 

「あいつ、何してるんだよ」


 星川が走り去って行った方向を見つめながら、そう呟く。

 本当は星川の腕を掴んで理由を問い詰めたいところではある。だが、本当に一刻を争う急用の可能性もあるため、中々それが出来ていない。


 仕方ない。星川が帰ってきたら聞くか。



***


 夜の六時ごろ。

 お米を炊きながら、夕ご飯に何を食べるか考えていると玄関のドアが開く音がした。


「ただいまー!」


 誰かが廊下を歩く音が聞えて来たかと思えば、リビングのドアが開き家で過ごすときのようなラフな格好をした星川が姿を現した。


「おかえりーって言っても、ここ星川の家じゃないけどな」


「まあまあ、いいじゃん! 小さい頃からお互いの家を行き来してたわけだし、私の家は私の家、あっくんの家も私の家だよ!」


 どこかのガキ大将のような暴論を振りかざし、キッチンにやって来る星川。


「今日は何作る?」


「ハンバーグ」


「本当、あっくんってハンバーグ好きだよね。結構、ハンバーグ作るのって面倒なんだよ? 玉ねぎみじん切りにしたり、人参みじん切りにしたり、ピーマンみじん切りにしたりってね」


「ピーマンと人参嫌い」


「子供みたいなこと言わないの! 野菜も食べなきゃダメだよ」


 そう言うと星川は手を洗い、腕まくりしてから冷蔵庫の中から玉ねぎ、人参、ピーマン、ひき肉を取り出す。

 星川の家は共働きで、時々帰りが遅くなる時がある。そういう時に、星川は直ぐ隣にある俺の家で一緒にご飯を食べるようにしていて、今日は丁度その日というわけである。


「じゃあ、私はハンバーグ作っちゃうからあっくんは適当にスープでも作ってもらえる?」


「任せろ」


 星川に返事を返し、冷蔵庫から卵とキノコを取り出す。


「玉ねぎ半玉スライスしてもらってもいいか?」


「うん」


 星川にスライスしてもらった玉ねぎを受け取り、水をはった鍋に玉ねぎとキノコを放り込む。

 キノコに火が通って鍋が十分温まってきたら、中華の素と塩コショウで味付けをする。最後に溶き卵を加えて、即席卵スープの出来上がりである。


「あっくん、手空いてたら洗い物してもらえる?」


「了解」


 星川に返事を返し、使ったまな板や包丁を洗っていく。俺の横では星川がフライパンでハンバーグを焼き始めていた。

 その様子を横目に皿を用意していく。お米をよそい、スープを器に入れて、机の上に並べていく。


「よいしょ。うん! 出来たよー。じゃあ、食べよっか」


 最後に星川がハンバーグを盛り付けて、食事の準備が整った。


「「いただきます」」


 向かい合って座り、ご飯を食べ始める。


「美味い! こんなご飯を食べられるなんて俺は本当に幸せものだよ」


「もう、本当あっくんは大げさだなー。でも、そう言ってもらえると私も嬉しいよ」


 星川は口元を抑え、軽く笑った後にハンバーグを食べる。

 美少女の幼馴染が俺のためにご飯を作ってくれ、それを二人で笑いながら食べる。

 何と素晴らしいことだろう。

 こんなにも幸せなことはそうない。



***



 楽しい食事を終え、使った食器を洗う。その間、星川はかじりつくようにテレビを見ていた。

 星川が見ているのは音楽番組のようで、有名なアイドルグループが丁度出演しているところだった。


「相変わらず、アイドル目指してるのか?」


 洗い物を終えた後に、星川が腰かけるソファに俺も座る。


「うん! いつか絶対に世界一のアイドルになっていろんな人を笑顔にしたいんだ」


 目を輝かせながらテレビを眺める星川。その表情を見ると微笑ましい気持ちになると共に、胸が締め付けられるような思いを感じる。


 星川がアイドルになったら、流石に付き合えないよなぁ……。


 別にアイドルでも恋愛をしている人は大勢いるだろうが、やっぱりそういうことは無い方がファンからの受けはいい。特に、星川のように世界一のアイドルを目指すというなら猶更だろう。


「そっか。星川なら絶対になれる。俺はそう思うぞ」


「ありがとう!」


 嬉しそうに笑う星川。

 この笑顔を見ると、やっぱり星川には夢を叶えて欲しいと思う。

 残念だが、星川が夢を叶えるその日まで俺の思いにはもう少し蓋をしていよう。

 そうこうしている内に、音楽番組が終わる。番組が終わったことでテレビへの興味を失くしたのか、星川はテレビを消してスマホをいじりだした。


 丁度いい機会だし、今のうちに聞いとくか。


「なあ、星川」


「なーに?」


「今日の急用って何だったんだ?」


「へ……?」


 俺の言葉に星川の表情が固まる。


「ああ、うん! 急用ね! そりゃ、急用って言ったら急用だよ! 急な用事、それ以上でもそれ以下でもないよね!」


「具体的にどんな用事だったんだ?」


 捲し立てる星川にそう問いかけると、再び星川が固まる。そして、暫くしてから口を開いた。


「そ、そう! かのっちに呼ばれてさー。いやー、本当急に呼ぶのは勘弁してほしいよねー」


 下手な笑みを浮かべる星川。どこからどう見ても嘘を付いているようにしか見えなかった。


「本当か?」


「ほ、本当だよ! 大体、私が何しようとあっくんには関係ないじゃん。女の子の事情を無理矢理探ろうとするなんて、変態だよ! あっくんの変態!」


 あっくんの変態……変態……へんたい……。

 変態……倒錯した異常な性的嗜好を持つ者を指す表現であり、多分に罵りのニュアンスが含まれたものである。

 つまり、星川は俺を罵ったということだ。星川明里という少女は心優しい少女である。

 そんな星川が少し恥ずかしそうに、変態と罵ってくるなんて……。


 いや、でもありだな。若干照れながら『変態!』と言ってくる星川。めちゃくちゃ可愛いじゃないか。


「あ、あれ? あっくん? 大丈夫?」


 新たな扉を開きかけたところで星川に声をかけられる。星川は心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「あ、いや、大丈夫だ」


「本当に? ご、ごめんね。変態は言い過ぎだったよね」


「いや、そんなことはない。何なら、次はもう少し赤面してちょっと涙目で言ってくれるとありがたい」


 そうしてもらえるとこの新たな扉は完全に開くような気がする。


「ふぇ……? い、今なんて?」


「次はもう少し赤面してちょっと涙目で言ってくれるとありがたい」


 星川の表情が固まる。


「……な、何を?」


「そりゃ、変態って言葉に決まってるだろ」


 一瞬の沈黙、その後に星川は俺から距離を置いた。


「あ、あっくんが……あっくんが本物の変態になっちゃったよー!!」


 そして、泣き叫びながらリビングを飛び出した。


「あっ! ちょっと待て! 星川! まだ話は終わってないぞ!!」


「うわーん!!」


 泣き叫ぶ星川を追いかけ、星川に俺が変態じゃないということを説得するのにその後、一時間かかった。

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